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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

穏やかなるライハツィヒ

作者: うらとも
掲載日:2025/06/26

タイトルはもともと別作品からの流用なのですが、流用したくせにタイトルに沿わせるようなことをしなかったので、「穏やか」でもなければ「ライハツィヒ」という名前が出るのがト書きのみですがご了承ください。

ベネディクト・フォン・アインスバッハ


エドガー・フリッツ


 :本編


 :ライハツィヒのオペラ劇場、ボックス席


 :ステージでは〝歌姫〟と称されるオペラ歌手が歌唱を披露している


エドガー:「――で? どういうつもりだ?」


ベネディクト:「何がだ?」


エドガー:「僕をオペラ鑑賞に誘った理由だ。まさかただの善意や暇つぶしじゃあるまい。さっさと要件を話せ」


ベネディクト:「失礼だなぁ。オペラ歌劇はこの国の象徴的文化だよ。だというのに、君は片手で数えるほどしか観たことがないというじゃないか。君もこの国の臣民なら、まずはかの芸術としかと向き合わないと。そう思ってね、まさに私の善意で、君を招いてあげたのだよ」


エドガー:「嘘くさいことこの上ないな……。それに、余計なお世話だ。僕はこのオペラというものとは相性が悪いらしい。観ていると、眠くなってくるんだ」


ベネディクト:「おぉ、憐れなエドガー……。だが安心したまえ。君の目の前にいるのは、今この国を――いや、世界を席巻するオペラ歌劇における大女優だ。彼女の演技を見れば、否応にでも目が覚めるだろう」


エドガー:「ベック……、彼女が登場してもうどれくらい経ったと思う……? 眠たくなってきたから、本題があるなら話せと言ったんだ。いくら大女優といえども、僕とオペラの仲の悪さを取り持つことはできなかったらしい」


ベネディクト:「本気で言ってるのか、エドガー……? 彼女の演技を見て、君は何も感じないと?」


エドガー:「そこまでは言ってない。素晴らしい歌唱であり、素晴らしい演技だと思う。ただ、それがオペラである限り、僕にとっては睡眠導入剤と変わらないってことだよ」


ベネディクト:「なんということだ……これがオーストリア臣民の姿か……?」


エドガー:「悪かったな。生まれも育ちもオーストリアで」


エドガー:「――で、そういうわけだから、企みがあるんなら話せよ。このままだと、君の計画にまで興味を示せなくなるぞ」


ベネディクト:「おっと、それは良くない。実に良くないな、うん」


 :ベネディクト、ステージの方を見遣る


ベネディクト:「話を少し戻すが――エドガー、君はあの女優が、この国においてどれほど重要な人物なのか、理解しているか?」


エドガー:「おい、結局またオペラ鑑賞の話に戻るのか?」


ベネディクト:「いいから答えたまえよ」


エドガー:「……そりゃあ、オペラを観ない僕でも、その顔と名前、そしてその信念を知っているくらいには、彼女は有名人だからな。アスモア帝国との和平交渉における立役者、だろ?」


ベネディクト:「その通り。彼女はその人間性における美徳と、オペラ歌劇においていかんなく発揮されている芸術センスをもって、半世紀にもわたるアスモア帝国との戦争状態を終結へ導きつつある。まさに立役者。彼女無くして、両国の和平など夢のまた夢だっただろう」


エドガー:「で? それがなんだよ」


ベネディクト:「焦るな、友よ。――そう、彼女はまさに、このオーストリアとアスモア帝国を結ぶ、平和の象徴たる女神のような存在だ」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「――さて、エドガーよ。ここからが本題だ」


ベネディクト:「今――その平和の女神が死んだとしたら、どうなると思う?」


エドガー:「……は?」


ベネディクト:「正確を期そう。今――彼女が殺されたら――どうなると思う?」


エドガー:「……ベック、君まさか――」


 :ベネディクトが女優へ向けて人差し指を指す。まるで銃口を向けるように


ベネディクト:「――BANG(バン)!」


 :女優は撃たれ、劇場は騒然とする


エドガー:「なっ……!」


ベネディクト:「はははっ! 素晴らしい狙撃だ! 額のど真ん中――高い金を払った甲斐がある!」


エドガー:「ベック……、君は、自分が何をしたのかわかってるのか……?!」


ベネディクト:「あぁ。もちろん。殺し屋を雇って、世紀のオペラ女優を撃ち殺させた。言い逃れするつもりはない。これは、まさに、私がやったことだ」


エドガー:「……ベック……」


ベネディクト:「さぁ、エドガー。まずはこの劇場から出よう。詳細はそれからだ」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「――何をしてる? 裏口から出よう。正面口はごった返しているだろうからね。それに――」


エドガー:「……まだ、何かあるのか……?」


ベネディクト:「これからわかる」


エドガー:「――っ?! なんだ……、劇場が揺れて……!」


ベネディクト:「ふむ……こちらもうまくいったか」


エドガー:「次は何を……?!」


ベネディクト:「この劇場は今日限りだ。かの大女優と共に、虚しさをたたえながら派手に散る。さながら、水面へと落とされた一雫のように――それは、波紋となり波を起こすのさ」


エドガー:「……ベック、君は本当に、何を企んでるんだ……」


ベネディクト:「すべては劇場を出てからだ。一応、安全に出られるように計算して仕組んだつもりだが、万一のこともある。急ぐに越したことはない」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「忙しくなるぞ、友よ。あぁ、せめてジャケットは脱いでおきたまえよ。出歩くのに向いた服装ではないからな」


エドガー:「……ベック。僕をあまり信用しない方がいいぞ。君の悪ふざけには散々付き合ってきたが、今回のは度が過ぎてる。犯罪行為の片棒を担ぐほど、僕は自分が擦れているとは思っていない」


ベネディクト:「まさか。安心したまえよ。君がどのような行動をとったとしても、私は君を責めるつもりはない。君の自由意志を尊重する。ただし、それは私の話をすべて聞いてからでも遅くはないだろう?」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「では、行こうか。悲哀なるオペラの終幕に賛辞と拍手を。素晴らしい舞台をどうも、大女優(プリマドンナ)。貴女の勇姿と名声は、必ずや後世に語り継がれるだろう。――どうか、安らかにルーエインフリーデン・プリマドンナ


 :劇場の外


ベネディクト:「――時代の波を起こすのさ」


エドガー:「時代の……波?」


ベネディクト:「そう。――平和とは素晴らしいものだ。尊いものだ。だが、それは歴史に刻まれたポイントに過ぎない。言い換えれば、ピリオドだ。それはなんとつまらないものか」


ベネディクト:「エドガー、私はね――波乱を起こしたいのだよ。人間とは、荒れ狂う波の中でこそ、その本質を輝かせることができる」


ベネディクト:「平和とは、あたたかな日なただ。だがそればかりでは――ひとは腐ってしまう」


エドガー:「……詭弁だ」


ベネディクト:「そうとも。だが――誰かが唱えなければならない、本質でもある」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「そこのバーにでも入ろう。腰を落ち着けて、酒をみ交わしながら――これから起こる時代の波について、語ろうじゃないか」


 :バー


エドガー:「……つまり君は、戦争を起こしたいのか」


ベネディクト:「極端だな。だが、間違いじゃない。ただし、正解でもない。結論として、戦争を起こすことが、目的達成のための近道だったというだけだ。あくまで手段なのさ」


エドガー:「……なら、目的はなんだ?」


ベネディクト:「言ったろう。時代の波を起こすのだと」


エドガー:「そんな抽象的な目的があるか。正確なビジョンも無しに、君は人を殺したのか」


ベネディクト:「ちがうな。間違っているよ、エドガー。時代の波というのはね、形があってはいけないのだよ。歴史に刻まれて初めて、それがどういったものだったのか、意味が生まれるのさ」


エドガー:「……何を、言って……」


ベネディクト:「これから起こる波が、どのような形となり、何を引き起こすのか――それは私にもわからない。わからないからこそ、私は最初の石を投げたんだ」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「水面の揺らぎは、徐々に苛烈になり、やがて無視できないほどの高波を生み出す。戦争は、そのうちの一波いっぱに過ぎない。歴史に偏りはない。常に同時多発だ。その荒れ狂う波間でもがく人間のさまを――彼らの真なる輝きを――私は見たいのさ」


エドガー:「……ベック……君は……、めちゃくちゃだ……」


ベネディクト:「そうでもなければ、こんなことはしない」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「――そういえば、せっかく注文したのに、乾杯のひとつもしていなかったな。ほら、エドガー。乾杯だ」


エドガー:「何に乾杯するんだ……」


ベネディクト:「そうだな……。――捻りはないが、〝未来に〟というのはどうだ?」


エドガー:「願いたくはない未来だ」


ベネディクト:「そう言うな。さぁ――〝未来に〟」


エドガー:「……〝未来に〟」


 :グラスのぶつかる音


エドガー:「……ベック。君は僕に――何をさせたい?」


ベネディクト:「……さて。なんだと思う?」


エドガー:「もったいぶるな。考えをまとめたいんだ。これ以上君の哲学を聞いていると、頭がおかしくなりそうだ」


ベネディクト:「心外だなぁ。まあ、いいさ。どのみちその話はするつもりだった。というより、この時間は、そのために設けたものだ」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「――エドガー・フリッツ。私の親愛なる友よ。君に頼みたいことはひとつだ」


ベネディクト:「君に――この時代の――観測者になって欲しい」


 :


エドガー:「……観測者?」


ベネディクト:「そうだ。これから――歴史は変わりゆく。その時代の流れを――人々の様を、君に観測してもらいたい」


エドガー:「それは――君の役目じゃないのか?」


ベネディクト:「私には無理だ。石を投げた当人である以上、そこには否応なく期待と偏見が生まれる。それでは観測者としては不適格だ。公平性がないからな」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「エドガー、君こそが適任者なんだ。石を投げた瞬間に立ち合い、その始まりから引き起こされる全てを目にすることができる。そして同時に――その懐疑的な視点だ。君は安易に崇拝せず、私の成そうとしていることに異議を唱えている。故に――その視点には混じり気のない、純粋な観測者としての公平性が生まれるのさ」


エドガー:「……待ってくれ。異議を唱えている、という点に間違いはないが、それこそ、一種の期待と偏見に繋がるんじゃないのか? 崇拝者が観測者に向かないのは理解できる。だが――反対意見を持つ者もまた、観測者には不向きだろう。自分にとって都合の悪いことを、捻じ曲げてしまう可能性があるのだから」


ベネディクト:「いや――君にその心配はない」


エドガー:「なぜ言い切れる?」


ベネディクト:「君は決して、捻くれ者ではないからだ」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「無関心では意味がないんだ、エドガー。ただし、狂信者では土台が成り立たない。純粋に――ただ、懐疑的な視点を持つ者。その者こそが――真に事象を目にし、その核たる部分を捉えることができる」


ベネディクト:「エドガー――君だ。君こそが、この役者に相応しいんだ」


エドガー:「…………」


ベネディクト:「乗ってはくれないか、エドガー。私の親愛なる悪友よ。これが――最後の我儘だ。私の――きっと、全てを賭けた」


エドガー:「…………」


エドガー:「……ベネディクト。先にも言ったが――今回のは、余りにも度が過ぎてる。人死にが出ているんだ。洒落や酔狂で済む話じゃない」


ベネディクト:「…………」


エドガー:「……だが――君のことだ。そんなことは、言われずともわかりきっていることだろう」


ベネディクト:「そうとも。全て覚悟の上だ。洒落や酔狂などで――この気構えを語らせはしない」


エドガー:「……ならば」


エドガー:「――ならば、僕もそれに応えよう。ベネディクト――ベネディクト・フォン・アインスバッハ。僕は――君の親愛なる悪友である、エドガー・フリッツは――ここに誓おう。君の投じた一石――それが齎す歴史の行方を――」


エドガー:「――時代の波間に生きる、人の様というものを――必ず見届けると」


ベネディクト:「……それでこそ、私の親愛なる友よ――ありがとう」


ベネディクト:「――ではゆこう、エドガー。時代の波へ――」


ベネディクト:「――ひとの輝きを、見に」


  完

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