王宮
王都の中央、王宮の正門は、朝からすでに厳かな空気に包まれていた。
晴れ渡った空に、白亜の尖塔がまばゆく輝いている。
セリーヌは馬車の窓からそれを見上げて、小さく息を呑んだ。
(まさか、自分が王宮に入る日が来るなんて――)
マルタが付き添ってくれるとはいえ、胸の奥がざわついている。
ドレスの襟元をそっと直しながら、思わず自分の手が汗ばんでいるのに気づいた。
「緊張してます?」
マルタが、馬車の座席で優しく声をかける。
「……してないと言ったら、嘘になるわ」
「ですよね。私もしてます! でも――セリーヌ様、皇子様の好みだったんですねえ。あんな偶然、あるんだなあって……」
「“偶然”ね……」
セリーヌは窓の外を見たまま、ぽつりと呟いた。
運命、だなんて、そんな大げさなことは考えていない。
けれど、あの夜、彼と出会わなければ、この招待状は届かなかった。
そして――この気持ちのざわめきも、知らずに済んだはずだった。
(会って、どうするつもりなの? 彼は……なにがしたいの?)
舞踏会での彼は、どこか人を寄せつけないようでいて、ふとした瞬間には不思議な優しさを見せた。
あれが本心だったのか、それとも……仮面だったのか。
マルタがぽそりと呟いた。
「……でも、婚約者がいる皇子様が、他の女性に個人的に手紙なんて……やっぱり、おかしいですよね」
「――そうね。でも、確かめるしかないわ」
それがどんな結末になろうと。
一度、向き合わなければ、答えは出ない。
門番に招待状を差し出すと、重々しく門が開かれた。
王宮の中へ――
セリーヌの足が、静かにその世界へ踏み入れていった。