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返事

書斎の片隅に、小さな便箋と羽ペンが置かれていた。


「……まったく。皇子様なんて、どうして私なんかに」


ため息混じりにそう呟きながらも、セリーヌの指先は迷いなく便箋に伸びていた。アルヴィン――あの夜、バルコニーで出会った謎めいた青年。まさか彼が皇子だったとは。


「でも皇子様って確か……、婚約者いるって噂もあったような……」


あの時のマルタの顔と言葉が、今も頭の中に響く。


セリーヌは便箋を手に取りながら、口を尖らせる。


「皇子に婚約者……まあ、そりゃそうよね。あんなに綺麗で、やさしい声で、変な距離の詰め方してきて……」


その先の言葉は、口にする前に喉の奥で消えた。


“あんなに綺麗で”――それを自分が思っていることが、少し恥ずかしかった。


(きっと、遊び人なのよ。あんな立場で、あんな態度なんて、そうに決まってる。でも――)


でも、思い出すのはあの夜の静かなバルコニー。星を見上げていた彼の横顔。グラスを差し出してきた手の温もり。……あの瞳の、どこか寂しげな色。


それらが脳裏から離れない。


「……返さなきゃ、ね。一応、礼儀として。相手が皇子だし」


言い訳のように自分に言い聞かせながら、セリーヌは羽ペンをとった。自分の気持ちを、絶対に悟られないように。けれど、どこか彼の言葉に応えるように。


心とは裏腹に、便箋に記されていく文字は、少しずつ。


親愛なるアルヴィン様へ


先日は、舞踏会でのご丁寧なお心遣い、誠にありがとうございました。

あのような場に不慣れな私にとって、貴殿とのひとときは、心安らぐものでございました。

お声をかけていただきましたこと、今でも不思議な気持ちで思い出しております。


ただ、あの夜のやりとりが、どのような意味を持っていたのかは、私には分かりかねます。

貴殿のような方が、なぜ私などに言葉をかけてくださったのか……少々、戸惑いを隠せません。


とはいえ、こうしてお手紙をいただいたことは大変光栄なこと。

無礼を承知で、ひとまずお返事を差し上げる次第です。


今後もお手紙のやり取りをご希望されるのであれば、身分の違いをわきまえたうえで、

少しだけ、お付き合いさせていただくことも……やぶさかではありません。


――夜風が心地よかった、あのバルコニーにて。

あのときのお話、少しだけ、続けてもよいかもしれませんね。


                                      セリーヌ・アルノワ

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