手紙
朝の光がカーテン越しに差し込む中、マルタが小箱を抱えて部屋に入ってくる。
「セリーヌ。……手紙が届いてるよ。封蝋、すっごく綺麗。絶対あの人からじゃない?」
まだ眠たげな顔でセリーヌが手紙を受け取る。深い紺色の封蝋には、見覚えのない紋章が刻まれていた。
「へえ、どんな内容……って、ちょっと待って、ねえ、これ――」
マルタがセリーヌの手元をのぞき込む。宛名の下に、差出人の名が丁寧な筆跡で記されていた。
「アルヴィン・レイヴァルト」
「――う、うそでしょ!? レイヴァルトって、あの、王家の、皇子様の……!?」
セリーヌの手が、ピクリと止まる。
「……そうみたいね」
「そうみたいね、じゃないでしょ!? え、じゃあ昨夜のバルコニーで一緒にいたの、皇子様だったの!? 嘘、セリーヌ何してんの!? いや、私が付き添ってたら絶対気づいてたのに!」
「だから、マルタは中まで来てなかったじゃない……」
「ぐぬぬぬ……! まさか“運命”って、そういう意味!?」
「……何も始まってないわよ。名前を知ってただけ」
セリーヌは照れ隠しのように手紙を読み進める。淡々とした筆致の中に、優しい余韻が残されていた。
セリーヌ・アルノワ様
昨夜は、静かな夜風の中、ご一緒いただきありがとうございました。
賑やかな舞踏会の中で、あなたと過ごしたひとときは、まるで世界から一歩離れた場所にいたようで……とても安らぎを覚えました。
初対面にもかかわらず、不躾な言葉や態度がなかったかと、いささか心配しております。
とはいえ、あなたが気まずい顔ひとつせずに言葉を返してくださったことに、私は救われました。
あの夜、名を交わしたのはほんの偶然。
けれど、もし次があるのなら、偶然ではなく、あなたと話したくて会いたい――
そんなふうに、今は思っています。
無理に返事を求めるつもりはありません。
けれどもし、少しでもあなたの記憶の中に、昨夜の風と光が残っているのなら……
手紙のやり取りからでも、始めさせていただけませんか。
アルヴィン・レイヴァルト
「……会いたくて? なぜ……?」
セリーヌは視線を手紙から外し、ふと窓の外を見つめた。
彼の言葉が嘘とは思わない。だが、それでも――。
(まさか、たまたま話しかけた娘にこんな風に手紙を?)
昨夜、彼は酔っていた。少なくとも、言動はそれを物語っていた。
もしあれが「気まぐれ」や「遊び」だったとしたら?
そんな疑念が、胸の中でひそやかに広がる。
「で? 内容は? “これは運命です”って書いてあったの?」
「そんなこと、一言も書いてないわ」
「え~!? ほら、ちょっとだけ、顔が嬉しそう。でも皇子様って確か……、婚約者いるって噂もあったような……」
セリーヌは手紙をそっと折りたたんで、封筒に戻す。
「……そんな人が、こんな手紙を?」
思わずつぶやいたその声は、どこか冷めた響きを帯びていた。
(私を“遊び”相手として見ているのだとしたら――)
心の奥で、小さな疑いが芽生えた。
彼の静かな声も、優しい視線も、今はすべてが計算されたものに思えてしまう。