閉ざされた控え室
王宮のサロンには、黄昏の光が柔らかく差し込みはじめていた。
金糸のカーテンが揺れ、紅茶の香りがまだ空間に漂っている中、エリスは優雅にティーカップを置いた。
「本日は、皆さまお集まりいただきありがとうございました。そろそろお時間ですわね」
その一言で、貴族令嬢たちは次々に立ち上がり、名残惜しそうに談笑を締めくくりながら身支度を整える。セリーヌも、それにならってそっと椅子から立ち上がった。
――そのとき、アルヴィンがふと椅子から身を起こし、セリーヌの方を見た。
「……あなたも、お帰りですか?」
小さな声でそう尋ねられて、セリーヌは戸惑いながらもうなずいた。
「はい……。今日はありがとうございました」
他の令嬢たちがざわつく中、アルヴィンはわずかに眉をひそめ、何かを言いかけた――が、そのとき。
「アルノワ様」
すぐ傍に控えていたエリスの侍女が、丁寧に頭を下げて声をかけてきた。
「お嬢様が、少しお話があるそうです。よろしければ、あちらの控え室へご案内いたします」
「……お話?」
「はい、ほんの数分だけかと。すぐに終わりますので」
セリーヌが戸惑っていると、エリスが微笑みを浮かべて会釈した。
「ごめんなさいね、セリーヌ様。お一人だけお呼びする形になってしまって。でも、どうしても直接お伝えしたいことがあって……」
(断れない……)
そう思いながら、セリーヌは小さくうなずき、侍女の後について部屋を後にした。
アルヴィンはそれを静かに目で追っていたが、すぐに立ち上がり、出口とは反対方向へ歩いていく侍女とセリーヌの背に目を細めた。
(あの道は……控え室ではないはずだ)
その小さな違和感が、彼の足を無意識に動かしていた。
控え室――とは名ばかりの、古びた客室。
窓には厚いカーテンがかかり、部屋の隅には長く使われていないベッドがひとつだけ置かれている。
「……ここで、お嬢様をお待ちください。すぐに参りますので」
そう言って侍女は静かに扉を閉めた。
数秒後、カチリという小さな音が、セリーヌの背筋を凍らせた。
「え……?」
扉を引く。開かない。
「ちょ、ちょっと……? 開いてませんけど……?」
ノックしても誰も答えない。
焦りがこみ上げてきたとき――
「セリーヌ!」
扉の外から、聞き覚えのある声がした。
「アルヴィン様……?」
「離れて」
声と同時に扉が思いっきり開いた。
すると、アルヴィンが体当たりのような状態でセリーヌにぶつかってしまう。
「うわ!」「きゃ」
「………。」「………。」
アルヴィンはそのままセリーヌを下敷きなすような形で倒れる。
「すまない。押し倒すつもりはなかった。」
押し倒す?アルヴィン様にそんなつもりはなかったのは知っていたが押し倒すのワードについセリーヌは意識してしまう。
セリーヌは顔を赤らめた。
それに気づいたのかアルヴィンは顔を赤く染め鼓動がセリーヌにも分かるほどさらに密着してくる。
「すみません。さっきの台詞撤回してもいいですか?」
「撤回って?え?」
彼の息が唇にかかり、何かが当たってるような感覚、彼から金木犀の匂い、綺麗にケアされた髪の毛、自分の頬には彼の撫でやかで大きくしなやかな手その全てを処理出来なくなるのに時間は掛からなかった。
バタン。
「……えっ」
「ここの扉建て付けが悪いのか閉めても閉めても開くのよねー」
扉から中年ぐらいの女の人の声が聞こえた。
その人が閉めたのだろうか。
セリーヌが慌てて駆け寄り、扉を引く。
「開かない……また……!」
アルヴィンもすぐに扉に手をかけるが、すでに外から鍵がかけられていた。
二人は顔を見合わせた。
古びた控え室。薄暗い照明。古いながらもふかふかのベッドが一台、ぽつんと置かれているだけ。
「……なるほど。これは、閉じ込められたな」
アルヴィンの静かな声に、セリーヌは肩を震わせた。
「ど、どうして……こんなことに……」
「……またか」
目を細めるアルヴィンの視線は、何かを思い出しているようだった。
彼女を連れ出した侍女、エリスのわざとらしい微笑み、そして……何かを隠すような他の令嬢たちの沈黙。
「とにかく、今は落ち着こう。部屋は安全だ」
いや、貴方の近くが一番危ないんですけど。
セリーヌは心の中で突っ込んだ。
あの時、扉の閉まる音がしなければどうなっていたのだろうか…。
セリーヌは再び顔を赤らめ、心臓の音が鳴り止む事はなかった。




