花の香り
王宮のサロン。
陽光に照らされたテーブルには、金彩のポットや色とりどりの焼き菓子が整然と並んでいた。
主催者であるエリスの穏やかな声が響き、数人の貴族令嬢たちが取り繕った笑顔で会話を続けている。
だが、室内に流れる空気にはどこか張り詰めたものが混じっていた。
「――遅くなった」
扉が開き、静かな声が落ちた瞬間、室内の空気が変わった。
皇子・アルヴィン・レイヴァルト。
その名と存在感だけで場の緊張は極まる。
エリスが優雅に立ち上がり、「ご多忙のなかありがとうございます」と微笑みで迎える中、彼は軽くうなずいただけで席に着いた。
なぜかその席は――セリーヌの隣。
令嬢たちの目が一斉に動く。
さりげなく視線を送り合いながら、「なぜ彼女の隣なのか」「エリス様ではなく?」という動揺を隠せない様子。
だがアルヴィン本人は、まるで当然のようにセリーヌのほうへ視線を向けた。
「……今日の服、少し地味だな。寒くなかったか?」
「え? あ……いえ、大丈夫です」
唐突な問いに戸惑いながらもセリーヌは答える。彼女のドレスは控えめなアイボリーで、ほかの令嬢たちの煌びやかな装いと比べれば、たしかに目立たない。
「……紅茶は、好みの味だったか?」
「はい、少し香りが強いですが……美味しいです」
「焼き菓子は。……甘すぎると、君は苦手だったな」
「……覚えて、いらしたんですか?」
「たまたま」
他の令嬢たちは次第に目を丸くしていく。
アルヴィンの口数が多いなど、普段ではあり得ない光景。そして、その言葉の矛先はすべてセリーヌに向けられていた。
「このあと、予定は?」
「……特には。今日はこちらのお茶会だけです」
「なら、少しだけ話せるか」
「えっ……」
「後ででいい」
端的な言葉。けれどその表情には、微かに柔らかな色があった。
周囲の視線がますます強くなる。
“なぜセリーヌ・アルノワだけに?”
“エリス様が主催の場で?”
といった無言の圧力がテーブルを取り巻いていた。
――だが、当のアルヴィンはまるで気づいていないかのように、紅茶を一口飲むと、また口を開いた。
「……さっき、少し元気がなかったように見えた。……何かあったか?」
その問いはまるで、花の香りに紛れるように自然だった。
セリーヌを気遣うつもりだと悟られないよう、当たり障りのない言葉を選んでいた。
だが、セリーヌには伝わっていた。
彼の不器用な優しさが、なぜか一番染み入るのを感じた。
セリーヌは静かに微笑み、カップを手に取った。
「……いえ。大丈夫です。少し緊張していただけです」
「そうか」
それだけを返して、アルヴィンは黙った。
令嬢たちの囁きは消えず、エリスはただ静かに微笑みを湛えながら、紅茶を注ぎ続けていた。