招待状
朝の光がやわらかく差し込む居間。
セリーヌは父と母と共に、朝食のテーブルを囲んでいた。香ばしいパンの香りと温かなスープの湯気に包まれながら、静かな時間が流れる。
そこへ、慌ただしくもどこか落ち着かない様子でマルタが駆け込んできた。
「お嬢様、大変! 王宮から……じゃなくて、えっと、ヴァレンティーヌ家? いえ、でも封には王宮の紋章が……と、とにかくすごいのが届いたの!」
「落ち着いて、マルタ。何が届いたの?」
セリーヌが戸惑いながら手を伸ばすと、マルタは金の封蝋が押された封筒を差し出した。
「ほら、見てこれ……見覚えあるでしょ? 王宮のやつだよ」
「本当に……」
セリーヌは慎重に封を切り、中の手紙に目を通した。
そこには、流れるような美しい筆跡でこう綴られていた。
『セリーヌ・アルノワ様
王宮内ヴァレンティーヌ家専用サロンにて開かれる茶会に、ぜひご出席いただきたく存じます。
主催:エリス・ヴァレンティーヌ』
「エリス・ヴァレンティーヌ……っ」
セリーヌがその名を呟くと、マルタがすかさず反応した。
「え!? エリスって、あの“ヴァレンティーヌ家”の!? すっごい高貴な家じゃん! しかも、王宮で茶会って……これはもう、ただの社交じゃないよ!」
「どうして私が……」
困惑するセリーヌの声に、母が柔らかく口を添えた。
「ヴァレンティーヌ家は、王族に次ぐほどの名門です。そのお嬢様から王宮での茶会に招かれたとなれば、たとえ気が進まなくても断ることなどできませんよ」
父は黙ったまま、重々しく眉間にしわを寄せていた。やがて、深くため息をつくと腕を組みながら言った。
「王宮からの招待状である以上、これは公的な意味を含んでいる。行かざるを得まい。……用心して臨め、セリーヌ」
「……はい」
セリーヌはうなずきながらも、心の奥に引っかかる違和感を振り払えなかった。
マルタが、そっと背中をつついて笑う。
「もしかしてまた、例の“うっかり目が合っただけで運命”の続きじゃないの~? ふふっ。やっぱりお嬢様、モテ期なんじゃ――」
「もう、マルタったら……!」
頬を赤らめながらセリーヌは手紙をそっと畳む。
――その先に待つ茶会が、どんな思惑を秘めたものなのか、まだ彼女には分からなかった。
華やかな装花と繊細な陶磁器が並ぶ室内。陽の光が金糸のカーテンを透かして柔らかく差し込み、室内は上品な香りと控えめな音楽に満ちていた。
セリーヌは、緊張を隠しながらも丁寧にドレスの裾を持ち、サロンの扉をくぐった。
先に招かれていた何人かの貴族令嬢たちが談笑している。その中央に立っていたのは――あの女性だった。
「ようこそお越しくださいました、セリーヌ・アルノワ様。お会いするのは……これで二度目、かしら?」
その声音にセリーヌははっとした。
――忘れるはずもない。アルヴィンと王宮を歩いていたとき、不意に現れた美しい女性。その姿と瞳、振る舞い。今、目の前にいる彼女と重なる。
「……あのときの……」
セリーヌが驚きを隠せず呟くと、エリスは微笑を深め、優雅に一礼した。
「ええ。先日は少々……お邪魔だったかしら? アルヴィン様に招かれた“ご案内”の途中で偶然お会いしたものだから」
その言葉にはどこか含みのある柔らかさがあった。
セリーヌは咄嗟に言葉が見つからず、小さく微笑み返すしかできなかった。
(……やっぱり、この人が……)
確信にも似た不安が胸に差し込む。アルヴィンの隣に立っていた姿、自然な距離感――そしてこの、王宮での堂々たる存在感。
そんなセリーヌの様子を見透かすように、エリスは一歩近づいてきた。
「どうぞご自由に寛いでくださいね。お飲み物はそちらに。あ、それと……今日は“ただのお茶会”よ。お気楽に」
その一言に、セリーヌは思わず息をのんだ。
(“ただのお茶会”――なのに、どうしてわざわざ王宮で?)
どこか含みのある言葉。
そして、その“偶然”にしてはできすぎた再会に、セリーヌの胸のざわめきは収まらなかった。