第1話 選ばれし者
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魔法が風の囁きのように存在し、技術がまだ未熟な世界。アジャヤという静かな村で平穏な日々を送っていた兄弟、アグマナとアギャタ。しかし、突如として現れた黒く謎めいた球体が、彼らの世界を一瞬にして飲み込んでしまう。
混乱の中で兄を失ったアギャタは、その喪失を受け入れられず、答えを求めて歩み始める。神々が人の間を歩み、古の儀式が運命をも左右するこの世界で、彼は真実を知ることができるのか?
あの黒い球体は何だったのか?なぜ現れたのか?そして、アギャタは兄と再び会うことができるのか?
神秘と冒険、そして家族の絆が交錯する物語が、今ここに始まる。
◇◆◇◆◇
……ん?
なんだ、この囁き声は? どこから聞こえてくる……?
耳を澄ませば、微かに響く無数の声。
どこか懐かしく、それでいて遠い世界の残響のような。
『……伝えなければ……』
何かを伝えようとしているのか?
その瞬間——
『……お前は、選ばれし者だ』
低く、厳かに響く声。
まるで神の宣告のように。
だが、それを聞いた直後——
意識が途絶えた。
◇◆◇◆◇
「おい、起きろ! 早く!!」
突然の怒鳴り声。
アグマナは飛び起きた。
朝日が窓から差し込み、村の喧騒が遠くで響く。
「なんだよ……」
頭を押さえながら唸る。
ベッドの傍らには、腕を組んだ弟、アギャタが立っていた。
「また寝坊かよ」
「うるせぇ……」
「まったく……婆ちゃんが呼んでるぞ。朝飯、できてるってさ」
その瞬間——
アグマナは弾かれたように立ち上がった。
「おい、待てよ! アグマ!!」
アギャタの叫びを背に、猛然と食堂へ駆け出した。
◇◆◇◆◇
家族全員が低い木製の食卓を囲む。
手を合わせ、短い祈りを捧げる。
その後、父はいつものように、食事の一部を小皿に取り分けた。
「なあ、父さん。なんで毎回、食べる前に少し残すんだ?」
アギャタが尋ねる。
父は微笑んだ。
「先祖に捧げるためだ。あの世で飢えないようにな」
「じゃあ……母さんにも届くの?」
「ああ。お前も毎日、母さんに捧げるんだぞ」
静寂。
だが、それを破るように——
「そういや、そろそろ時間じゃないの?」
祖母が呟いた。
「あっ……!!」
次の瞬間、父は仕事へ、兄弟は学校へと、慌ただしく駆け出した。
◇◆◇◆◇
放課後。
アグマナは校門前でアギャタを待っていた。
「遅いぞ、お前。何かしたのか?」
アギャタは目を逸らす。
「いや……何も」
二人は歩き出す。
「そういや、祭りの準備、どうする?」
「……まだ決めてない。でも、友達が何か計画してるみたい」
「へぇ……具体的には——」
その時——
アグマナの足が止まった。
「……?」
アギャタが怪訝そうに見つめる。
「おい、どうした?」
しかし、兄は答えない。
次第に——
空気が変わる。
風が荒れ狂う。
鳥が飛び去り、牛や羊が暴れ出す。
「な、何が……!?」
アグマナが拳を握る。
そして——
「伏せろ!!」
轟音と共に、黒い球体が空に現れた。
圧倒的な力が村を包む。
大地が揺れ、木々が引き抜かれ、鳥も獣も——
全てが吸い込まれていく。
兄弟は走った。
近くの洞窟へと。
アギャタは何とか飛び込んだ。
だが——
アグマナは間に合わなかった。
「アグマ!!!」
弟の手が伸びる。
しかし——
その指は、何も掴めなかった。
一瞬。
兄弟の視線が交わる。
そして——
アグマナは消えた。
虚無へと呑まれ。
沈黙。
風が止み、村は崩壊した。
そして——
「う……あ……」
アギャタは膝をつく。
手が震え、呼吸が乱れ、現実が心を切り裂く。
「アグマ……」
静寂。
その刹那——
断末魔のような叫びが、世界に響き渡った。
◇◆◇◆◇