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魔女狩り  作者: 影園詩月
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一章 銀雪の魔女 4

穢れ

死者の魂が魔女に呪われることで生まれるとされる存在。人を象る穢れはしかし、胸に埋まる魔照石を砕くことでしか葬れない。

 リヒトが通されたのは貴賓室。貴族の屋敷に勝るとも劣らないほど豪奢な造り。花瓶な絵画などの装飾品も高価な物が揃えられている。

 革張りの長椅子に腰掛け、運ばれた紅茶に口をつけてタームの到着を待つ。

 しばらくすると二人分の足音が聞こえてきた。ノックと共に「ターム殿をお連れ致しました」という声がかけられる。

 入ってくるようにと促すと始めに先程の騎士が、続いて二メルト近い巨漢が姿を見せる。

 がっしりとした身体付き、その道に精通する者特有の体捌き、とても六十近い老人には見えない。

 その厳つい顔に似合わない柔らかな声音で男は言葉を紡ぐ。

「お初にお目にかかります、リヒト様。ターム、と申します。ご用命により参上致しました。」

 礼をとるが、慣れていないのだろう。ぎこちない仕草だった。

「よく来てくれた、ターム殿。まずは腰掛けてくれ。それと、貴方に会う為貴族としての名を出したが、私はただのリヒトとしてここにいる。礼儀は気にするな」

「ご配慮、感謝致します」

 顔に驚きの色を滲ませながら述べるとリヒトの正面に座る。

 リヒトが騎士に視線を向けるとこちらの意を汲み取り退出していく。中々に優秀な男だ。

 部屋に残ったのはリヒトとタームの二人のみ。

 タームが口を開こうとするのを手で制しリヒトは言う。

「前置きも腹の探り合いの無しだ。単刀直入に言おう、私はある情報を求めている。貴方を訪ねた理由はそれについてだ」

「私が、リヒト様の求める情報を持っていると? して、それは一体何について──」

「銀雪の魔女」

 リヒトの言葉にタームの目つきが変化する。彼の腹を探るようなものから剣呑なものへと。

「奴について知っていることを全て包み隠さず話してほしい」

「何故奴の情報を求めるのです?」

「私は災花の魔女を探している。仇の行方を知る為に他の大魔女と会うつもりだ。場合によっては殺し合いになるだろう。今は少しでも情報が欲しいのだ」

 タームは昏い表情で目を伏せた。

「仇討ち、ですか……」

 相手は莫大な魔力で呪いを操り世界を歪める悪魔の使い。一度負けてしまえばそれまでなのだから対策を講じるに越した事はない。

 しかし、強大な敵故に挑む者は少なく、数少ない挑んだ者達もその悉くが散った。リヒトが調べた限りでは魔女の情報を握っているのは目の前に座るこの男のみ。

 そっと、剣を側に引き寄せる。

 この機会を逃せば、次はないかもしれない。そんな考えがリヒトの心に焦燥を齎す。

 仇を、魔女を殺す為ならば強硬手段を取ることさえ厭わない。そのつもりで、ここに来た。

「大魔女という存在は、人の手が届かない人外の化け物。それを知った上で、向かうというのですね?」

「ああ、勿論」

 鋭い眼差しで睨むがしかし、彼の答えは肯首だった。

「いいでしょう。ただ、条件が一つございます」

 条件、か。そうくることは予想していた。こちらとて何の対価もなく情報を貰おうなどと虫の良い考えをしていた訳ではない。リヒトには金貨——一枚で平民が半年は遊んで暮らせる額——を出す準備があった。

「その条件とは?」

 さて、どうくるか……。身構える彼だがタームの示したそれは予想外のもの。

「私と、試合っていただきます」

 提示された条件に思わず目を丸くする。タームは騎士団で指南役をしているが平民であることに変わりはない。今の平民の暮らしは厳しいものだ。てっきり金目のものを要求されるとばかり思っていた。

「私は、リヒト様のご両親に多大な恩がございます。恩人の御子息をみすみす死地へ送り出すことなどできませぬ。よって、私に敗れた時はその復讐、諦めていただこう」

 諦めていただこう。その言葉だけが、頭の内で何度も響く。

 諦めろ、だと?

 心の奥底で、昏い火が灯る。

 瞼に焼き付き、片時も忘れないあの絶望。青い顔、震える声で告げられた父の言葉。宵闇の中、故郷を呑み込む災禍。追い縋る黒い死の影。

 あの日の記憶が油となって火に注がれる。

 この五年、血反吐を吐いて研鑽を積んだ。カリーナに止められようと、義父上に忠告されようと、ひたすらに剣を振った。 

 穢れと血みどろの戦闘をし、いざ魔女を前にした時躊躇うことがないよう罪人や盗賊を殺しもした。傷を負った回数は数十ではきかない。

 文字通り血の滲むあの日々を意味のないものにしろと?

 昏い炎は勢いを増し、上へ上へと燃え上がる。

 英雄への恩がなんだ。私は彼らの仇を討たねばならないのだ。

 何が死地だ。そうならないよう、五年の月日を費やしたのだ。

 私は忌々しい魔女を殺す為にだけ行動し、家族が私の背を押した。誓ったのだ。掲げた剣に、カリーナに。

 炎は舐めるように広がり、心を包んで閉ざす。

 もう、立ち止まることは許されない。

「訓練場へ行くぞ」

 ゆらりと立ち上がり、タームを促す。

「試合だ」

 低く呟かれたその言葉は、かつて戦場で本物の絶望を味わったタームをして冷や汗を流させるほど冷たく悍ましいものだった。

 復讐の炎に身を焼かれ、かつての心穏やかな少年は最早いない。

 若き復讐者は己を焦がす黒い炎で先を照らしながら、血で赤く染まった道を行く。

 靴を濡らすその血は彼が屠る仇の血か、あるいは茨で傷付いた自らの血か。

 どちらであれ、復讐者がその歩みを止めることはない。

 全ては、憎き仇を殺す為に。

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