表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女狩り  作者: 影園詩月
5/7

一章 銀雪の魔女 3

スペス教

世界を創り給し唯一神スペスとその眷属たる六柱の精霊王を崇める帝国の国教。現存する聖書において、魔女は神への敵対者として描かれている。

 関所を潜り抜け、リアヌス領の城塞都市ラミルへと入る。

 東側最大の街というだけあって道も建築物も立派なものだ。

 しかし、街に漂う空気は暗く重苦しい。人々の抱く恐怖や怯えが空気を介して伝わる。

 五年間から、ずっとだ。シュレイタルの民はいつ降りかかるとも知れぬ魔女の怒りに臆し、恐怖に震えながら日々を生きている。

 エルネーラ領でも、ここへの道程で通ることになった街でも同じ空気が蔓延していた。

 やがて街の中心部に着くと荷台から降り、馬車に乗せてくれた行商人に礼を述べる。

「此度は助かった。感謝する」

 リヒトの言葉に行商人は首を横に振る。

「いえいえ。侯爵様にはお世話になっておりますし、リヒト様には馬車の護衛を引き受けていただけましたので、どうかお気になさらず。──私にとってリヒト様の人柄は大変好ましいものです。どうか、ご武運を」

 別れの言葉を告げると目的の場所を目指して歩き出す。

 やはり行き交う人々の表情は暗かった。誰もが魔女の脅威に怯え、心がすり減っていることが目に見えてわかる。

 侯爵家では誰もがリヒトに気を遣い不安な顔を見せなかったが、ここは違う。不安が露骨に顔にでている。正直に言えば、実に居心地が悪い。見ているだけで陰鬱な気持ちになってしまう。

 更に拍車をかけたのは辺りに満ちた冷気。冬と錯覚しそうな程にこの地域は冷えている。

 原因は恐らく──。

 ラミルに入る少し前、遠くに山々を見た。

 青々とした山々、だがその一部は不自然な程に白い。雪が積もっていたからだ。それも、大量の雪が。

 本来の気候から考えれば明らかな異常。そもそもこの地域に雪は降らない筈なのだ。

 ならば何故。単純な話だ。

 リヒトの瞳の奥が燃えている。とても『話をしに行く』とは思えない程、憎悪の火によって。

 あの場所に『銀雪の魔女』が、大魔女がいる。

 勿論このまま直行する程馬鹿ではない。そんな真似をするならばラミルを訪れた意味が無くなってしまう。

 リヒトはここに、情報を集めに来たのだから。


 リヒトの目前に建っているのはラミル騎士団の訓練所。街の中央付近に位置し、見習い騎士達を育てるための施設である。

 門の前に立ち、中を見据えていると中から金属鎧の擦れ合う音が近づいてきた。磨き上げられた白銀の鎧、剣を佩いた一人の騎士が姿を見せる。

「ここは騎士団の訓練所だ。何用か」

 わざわざ訓練所と言ったのはリヒトが勘違いしていると思ったからだろうか。通常、街で問題が起こった際は街中に幾つかある詰所を訪ねるものだ。在中する騎士が少ない訓練所に来る者はほとんどいない。

「タームという男が訓練所で指南役をしていると聞いてな。彼に会うことはできるだろうか?」

 タームは何十年も前、サナリールという傭兵団を率いていた男だ。外つ国との争いや魔獣退治で名声を轟かせ、最強とまで呼ばれたサナリール傭兵団。しかし彼らは銀雪の魔女討伐戦で大半の戦力を失い解散した。

 タームは銀雪の魔女との戦いで生き残った数少ない人物であり、リヒトは彼の持つであろう情報を求めてラミルに訪れた。

 タームの名を出すと騎士は怪訝そうな表情を浮かべリヒトに問う。

「確かにターム殿はここにいるが……彼は貴重な人材だ。身元も知らぬ者に易々と会わせる訳にはいかぬ。其方、名は? この街の者ではないな、何処から来た?」

 一瞬の逡巡の後に答える。

「リヒト・エルネーラ・ファルス……これでわかるか?」

 引き締まった男の顔に驚愕の色が浮かぶ。

「証拠となり得る物はお持ちですか?」

 リヒトがエルネーラ侯爵家の養子になったという情報は実のところほとんど流れていない。英雄の子が生きていたと知られれば権力闘争の火種にならことは目に見えていると養父様が秘匿したのだ。世間ではファルス領の生き残りはいないと思われている。そんな中でファルスの名を継ぐ者が現れたのだ。騎士として疑わないわけにはいかない。

「これを」

 騎士に手渡したのは銀の首飾り。守護者が身につけていたそれにはファルス家の紋章が刻まれている。

 紋章を見つけた騎士は首飾りをリヒトへと返すと右手を胸当てに打ちつけ敬礼の構えを取った。

「リヒト様、先程の無礼、どうかご容赦を」

「そう気にする必要はない。其方は己の職務を果たしただけだ。落ち度はない」

「感謝いたします」

 鉄製の門を開け放ち、騎士が言う。

「どうぞこちらへ。ターム殿の下へご案内いたします」

 一つ頷きリヒトは訓練所の敷地に踏み入る。

 見習い達が訓練用の剣を打ち合う様子を横目に騎士の後ろを歩く。

 こうしているとファルスにいた頃を思い出す。同じ年頃の者と打ち合つたことはないが、現役の騎士との稽古で地に転がったのはリヒトも同じだ。特にカルロスとの模擬戦ではついぞ一撃たりとも入れられなかった。

 城でのことに想いを巡らせているとある部屋の前で騎士が立ち止まった。

「この部屋でお待ちください。すぐにターム殿をお連れいたします」

 


 

 

近い内に『僕らが紡ぐ物語』の方にも加筆と修正を加えることになると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ