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魔女狩り  作者: 影園詩月
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一章 銀雪の魔女 1

七賢人

かつて帝国に魔法やその他多くの発展を齎し、『賢人』の称号を与えられた男を忘れぬように作られた、魔術師の頂点たる者達に与えられる称号。

 寒い、寒い。

 震える体を抱きしめる。

 降り積もる雪があたしの体温を奪っていく。

 家から追い出された後に降り出した雪は段々とその勢いを増していた。

 今はもう視界一面が白く染まっている。

 温かな光の漏れる家の窓に手を伸ばす。しかし伸ばした手は虚しく空を掻き、何も掴むことは出来なかった。

 あたしはただ、普通の暮らしがしたいだけなのに。

 全身の感覚が徐々に薄れてきた。

 足がもつれ真っ白になった道に倒れ込む。

 寒いよぉ。なんで、なんで、あたしだけ……。なんで、なんで……。

 消えゆく意識の中であたしは思う。

 ──みんな、凍えてしまえばいいのに。

 

 次に目を覚ました時、あたしはもう寒さを感じなかった。

 全てが銀雪に閉ざされた町を一人歩く。

 体の震えが止まっただけでは満たされない。

 冷え切った心を温めてくれる灯火を探して、あたしは彷徨う。






 『厄災の日』から五年が経った。あの日以来、四英雄によって封じられた五人の大魔女が目覚め、帝国は大いに揺らいだ。

 ある領は銀雪に閉ざされ、ある領は烈火に包まれ、ある領では亡者が暴れ、ある領は止むことのない雨に沈み、死の化身が動き出した。

 すぐに帝国の最高戦力たる『七賢人』が騎士団を率いて討伐に向かったが誰一人として戻らなかった。

 物流は滞り、人民は混乱を極めた。

 強大な戦力を失い、帝国の力は衰えた。

 急激な変化に誰もが適応できなかった。

 中でも、最も大きな影響を与えたのは四英雄の死去であった。多くの大魔女を退け、平和の象徴、人々の希望の光となった彼らが一人の大魔女によって呆気なく殺された。

 かつて、数多の人々を癒したシュレイタルの聖女テネリタス。最前線に立ち数多の攻撃を退けた守護者ブローディア。この二人のいた難攻不落のファルスが一瞬にして落とされた。

 人々の心が折れるには充分過ぎる程だった。

 これに追い討ちをかけたのが五年前、災花の魔女がシュレイタルに住まう全ての人間に強いた要求である。

 一つ、これよりファルス領に侵入することを禁ずる。

 二つ、全ての魔女を解放し、以降、手を出すことを禁ずる。

 その魔女は冷酷に告げた。

 これを破れば、その者が住まう地域諸共、消し去ってくれよう。

 初めのうち、この禁忌を犯した者がいた。

 かの者が暮らしていた町は跡形もなく消え去った。 

 シュレイタルの民は彼女の恐ろしさをこの時になってようやく理解した。

 貴族から解放された魔女達は、街々を襲撃し、そこに住まう者達を惨殺した。

 危害を加えれば街ごと消される。抵抗は許されない。彼らは蹂躙を受け入れるしかなかった。

 そして人々は唯一神エーレに祈った。

 おお、神よ。どうか我らをお救いください。

 人々は願った。英雄の再来を。

 彼ならば、あの魔女を殺せる。

 彼ならば、再び希望を灯してくれる。

 四英雄の頭目、大魔女を封じた張本人。

 『希齎の英傑』ならばきっと──

 しかし、ついぞ彼が現れることはなかった。




 帝国歴七三九年、雪が溶け、春風が草花を芽吹かせる頃である。

 ケルト領、エルネーラ侯爵邸の庭でリヒト・ファルスは剣を振るっていた。

 五年前、ファルス領を抜け出した彼らはテネリタスの実家であるエルネーラ侯爵を訪ねた。

 侯爵が快く彼らを受け入れて以来、リヒトは修練に勤しんだ。

 全ては災花の魔女を殺し、家族の仇を討つため。

 日々剣の腕を磨き、貴族の秘技たる魔法も学んだ。

 魔法とは、己の体に巡る魔力を練り詠唱を用いて術式を組み上げ、奇跡を起こす神聖な力。

 魔女が操る呪いとは明確に区別されるものである。

「リヒト様」

 すっかり聴き慣れた声に振り返るとそこではエルネーラ侯爵の三女、カリーナが彼を眺めていた。

「もう少しで時間にございますよ。お早く準備なさってくださいませ」

 柔らかな声でそう告げる。

「もうそのような時間か。申し訳ない。すぐに終わらせる」

 カリーナは彼の言葉に微笑みを浮かべると、踵を返し屋敷の中へと戻っていく。

 彼は剣を鞘に収めると、彼女の後を追うように屋敷へと戻った。

 今日はリヒトの成人式なのである。

 シュレイタル大陸では十五歳になると成人として認められ、生まれ月の終わりに式を受ける。

 今月、ケルト領ではエルネーラ侯爵邸の大広間にて執り行われ、それにリヒトはカリーナと共に参加することになっていた。

 自室で側仕えによって着替えさせられたリヒトはとある部屋へと歩みを進める。

 大広間のすぐ隣にあるその部屋は今日の式に参加する者達の待機場所だ。

 扉を開くと十人ばかりの新成人が目に入る。真っ先に彼へ声をかけたのはカリーナだった。

「まあ! お似合いですわリヒト様」

 そう言って彼女は控えめな笑みを浮かべる。

 彼が身に纏うのは黒の生地の所々に金色の装飾が施された華美な衣装だ。

「ありがとうカリーナ。君も、よく似合っているよ」

 彼女は美しい空色のドレスを纏っている。カリーナの楚々とした雰囲気や儚さが引き立てられていてとても綺麗だと正直に思う。

 しばらく歓談していると屋敷の使用人が扉を開いた。

「もうすぐ式が始まります。皆様、ご移動くださいますよう」

 彼に促されリヒト達新成人は大広間へと向かう。

 中から呼びかけられ、一歩踏み入れば色とりどりの花片が舞いリヒトらを祝福した。

「これより、成人式を執り行う」

 養父様の声が朗々と響き、式が幕を開けた。




 式の終了後、彼はエルネーラ侯爵の執務室にいた。

 目の前の机に腰掛けリヒトを見据えるのは彼の養父であり現エルネーラ侯爵であるマクス、その傍らにはカリーナもいた。

「リヒト、お前は本気でそのつもりなのか?」

「はい、養父様」

 硬い声でリヒトは返す。

「どうか、災花の魔女を討つため、旅立つことをお許しください」

 頭を下げるリヒトにマクスは苦い顔で言う。

「リヒトよ、お前が気負うことはないのだぞ? このまま私の息子としてここで暮らそうと誰も苦言は呈さない。それに、テネリタスやブローディアはお前の幸せを願っている筈だ」

 リヒトは首を横に振る。

「これは、私の心の問題なのです。あの日、私は何も出来ませんでした。父上が気付いてくださらなければ逃げ仰ることすらも」

 瞼の裏に焼き付いた忌まわしい花々。忘れられぬ光景。

「未だにファルスを覆う呪いを解き、家族を弔わねば死ぬに死ねません。だからどうか、私の旅立ちをお許しください」

「──そうか。それがお前の望みならば止めるまい」

 長い沈黙の末、マクスは告げた。

 リヒトが安堵の息を吐いた時だった。

「本当に、行ってしまわれるの……?」

 今にも泣き出してしまいそうな彼女の声が部屋を震わせる。

 カリーナは祈るようにその両手を胸の前で組んでいた。

 お願い、どこにも行かないで。ここに残ると言って。

 そんな声が聞こえた気がする。

「ごめんな、カリーナ。この決断はもう変わらない」

「──たとえ、私が貴方に求婚を申し出たとしても?」

 震える言葉に彼は押し黙る。

 カリーナはとても優しい人間だ。それでいて芯も強くどんなに辛くても前を向ける人間だ。

 彼女に寄り添えたのなら、きっとその先には幸せな未来が待っていることだろう。しかし、彼はあの日誓ったのだ。

それを違えることなどできない。

 部屋に沈黙が流れる。

 カリーナは目元を拭い、顔を上げるとリヒトに言った。

「ならせめて、無事に帰って来なさい」

 痩せ我慢をした顔に、笑みを張り付けて。

「旅の半ばで倒れるなんて許しません。何年でも、何十年でも待ちます。だから、だから──」

 とうとう溢れた涙に、頬を濡らして。

「帰って来たら、私の求婚を受け入れてくれますか?」

 彼は何も言わずにカリーナを抱きしめる。

 彼女はリヒトの腕の中で涙を流し続けた。

 悲しくて、嬉しくて。

 不安で、幸せな未来を思い描いて。

 複雑な感情のまま、それでも涙で濡れた顔に満面の笑みを浮かべて。

 そして二人は唇を重ねた。

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