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魔女狩り  作者: 影園詩月
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追憶 出会い

 そこはシュレイタル大陸ファルス領の南部、トイフェル大森林の奥深く。

 月の仄かな光を受け、淡く輝く薄紫の花弁が舞う花園。 その中に佇む黒い影が一つ。風に靡く白髪、細い身体を覆い隠す漆黒のローブ。端正な顔立ちをした少女はその手の中で薄紅色の結晶を転がす。哀を帯びた眼差しでそれを見つめ、そこに何かを探している。

 時折り近くに咲いた花弁を撫で、愛おしそうに目を細める。しかし、その時少女の瞳に映るのは目の前の景色ではなく己が記憶の中のもの。過去に囚われた少女は一人、追憶に浸る。失われた愛おしい日々を、幾度となく『見た』日々を、再び繰り返す。




 四四年前になる。あの頃の私はまだ、流浪の物書きだった。

 遥か昔に得た地位も名声も捨て、大陸の各地を巡り歩いては物語を書き綴った。私を突き動かしたのは止めどなく溢れ出る知識欲。魔法も学問も武術もあらゆる知識を得た私が次に興味を持ったのは人の心。

 それは流動的で不安定。しかして人の原動力となる脆く美しいモノ。

 何年も、何年も、行く先々の町で人々の暮らしを眺め、関わりを持ち、多くの想いを知った。

 旅を始めてから二七六年と四七日が経った日のことだ。

 ケルト領北部の町、レーリエへと続く街道、その道中に彼女は倒れていた。

 栗色の巻き毛、薄紅の瞳。齢十程の少女。

 ただの平民でないことは一目で分かった。

 全身から立ち昇るのは貴族しか持たぬ筈の魔力。 

 しかし、身に纏う服は見窄らしく、頬はこけ、痩せ細った身体に骨が浮いている。とても貴族には見えかった。

 加えて、圧倒的な魔力量。常人ではあり得ない程の。

 この少女は魔女だ。それも──大魔女と呼ばれる類の。

 シュレイタル大陸に現存する大魔女は五人。

 銀雪の魔女、烈火の魔女、霊魂の魔女、災雨の魔女、そして──死齎(しさい)の魔女。

 心を持たず、呪いを操り世界に災いを齎す存在。

 魔女は古来より悪魔の使いとされ粛清されてきた。

 この大陸では魔女は見つけ次第殺すことが義務付けられている。

 今の法に照らし合わせれば、彼女は本来この場で殺さねばならない。

 だが、私は疑問に思った。魔女は心を持たないと聞く。

 ならば何故この少女の頬には涙の跡があるのだろうか?

 私の胸に魔女に対する興味が湧き上がった。

 この少女が特別なのか、あるいは伝承そのものが間違いなのか。

 知りたいという欲求に駆られた私は横たわる少女を抱えて最寄りの隠れ家に転移した。

 彼女をベッドに横たえると簡単な粥を作り、それを少女の口に流し込む。

 次に服を脱がせて濡れタオルで体を拭いた。すると私の目にあるものが飛び込んだ。

 体の至る所に青く腫れたアザ、熱湯をかけられたかのような火傷、背中には鞭で打たれた痕があった。乳白色の肌に残された紛れもない暴力の痕跡。悪意の名残。

 たとえ魔法を用いたとて、一度残った傷跡は消すことができない。

 これは一生彼女を苛むものだ。

 ──反吐が出る。

 心の底から湧き出たのは嫌悪。

 どれ程の悪意が彼女に向けられたのか痛い程理解してしまった。

 人とは決して切り離せぬ醜悪な感情。

 彼女は逃げて来たのだろう。己を苛む悪意から。必死の想いで逃れ、逃げ延び、私に拾われた。

 程なくして目覚めた少女は私をひどく恐れた。

「やめて、やめて」と何度も呟き、腰まで伸びた髪を乱して部屋の隅へと逃れる。

 あの傷跡を見ればその反応は納得がいく。むしろ恐れない方がおかしいのだ。

 拒絶する少女にそれでも私は近づいた。

 彼女は殴られることを恐れたのかただでさえ小さな身体をさらに身を縮こまらせ、今にも折れてしまいそうな細腕で頭を守る。

 彼女の目前に膝をつき、薄い肩を優しく抱きしめる。

 少女は驚いたように動かなくなった。

 それを見て、ふと思う。

 この少女は親に抱擁されたことはあるのだろうか?

 きっと、彼女は知らずに育ったのではないか。愛という感情を。

 その時、脳裏に浮かんだのは遥か昔、故郷を追われるよりもずっと前の記憶。

 私には、両親に抱きしめられた覚えがある。

 ここ数百年、私が誰かに愛されたことも私が誰かを愛したこともなかったが、それでも私は知ってる。

 あの頃の私は、確かに愛を向けられ、両親のこともまた愛していた。

 あの温かな感情を、私は知っている。

 その温もりを知らないことはとても哀しいことだと思って──次の瞬間にはその言葉を口にしていた。

「私が、お前に愛を教えてやろう」

 口を突いて出た言葉に私自身驚いたが、少女の浮かべた表情を見て、言って良かったと思えた。

 赤みの差した頬が濡れている。溢れるそれを拭いながら声を上げる。

 零れ落ちた涙は透き通っていて、それがこの少女が悪魔の使いなどではないことを物語っていた。

 

 

 

 

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