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魔女狩り  作者: 影園詩月
1/3

序章 災花の魔女

四英雄

三十年前、五人の大魔女を封じシュレイタル大陸に平和を齎した四人の英雄。

 建国の物語を語ろう

 それは、偉大なる王と、忌むべき魔女狩りの歴史

 それは、祝福を受けた者達の長い長い夜

 それは、復讐と希求の旅路

 さあ、建国の物語を語ろう

 二人の少年の、誓いと追憶の物語を





 帝国暦七三四年。季節は初夏。命が芽吹き、萌ゆる新緑が世界を彩る頃である。

 後に『厄災の日』と呼ばれることになるこの日、帝国十領が一つ、シュレイタル大陸の南端に位置するファルス領の城で彼は目覚めた。

「リヒト様、リヒト様。朝にございます」

 小鳥の囀りが響き柔らかな光が差す中、側仕えによって起こされたのは、ファルス領主ブローディアとシュレイタルの聖女テネリタスの三男、リヒト、リヒト・ファルス。

「もう、このような時間か……」

 まだ重たい瞼を擦り天蓋から出る。

 側仕え達に身支度を整えられた後、彼が向かうのは決まって訓練場であった。

 リヒトは領主一族の子であり当然領主を継ぐ権利は持っているのだが彼の志望は騎士である。政治に関心はなかったし、ドロドロとした権力争いはどうにも嫌いなのだ。それに、優しい兄と争いたくないというのも大きな理由である。

 豪華な城の中とは違い、飾り気の無い訓練場に着く。

「カルロス、カルロスはいるか?」

「おお、リヒト様。今日も時間通りにございますね」

 リヒトの呼びかけに答えたのはファルス騎士団の団長たるカルロスであった。

 ファルス騎士団は中央騎士団をも凌ぐ程の力を誇る帝国最強の騎士団だ。その団長を務めるこの男は四英雄であるブローディアに次ぐ実力者なのだ。

「今日も稽古を頼む」

「もちろんにございます。既に準備は整ってありますよ」

 二人が手に取ったのは一振りの木剣。リヒトは十歳、カルロスは34歳、力量も経験も圧倒的に違うので本物の剣を使わせてはもらえなかったのだ。

 互いに構え、相手の隙を探す。

 流石は騎士団長である。カルロスには隙なんて見当たらない。リヒトは思案する。どうしたらカルロスに一撃を入れられるだろうか。

 まずは勢いよく踏み込み上段から一閃。これは当然のごとく防がれる。

 弾かれた勢いに任せて体を捻り回転、素早く横薙ぎをするがこれも防がれた。

 余裕な顔に少し苛つく。

 後ろに跳んで一度距離を取ると、それを合図とばかりにカルロスが攻めに転じる。

 圧倒的な速さで繰り出される剣撃の数々は捌くのがやっとで反撃の隙なんて無い。今まではこのまま押し切られていた。

 だが、今日は違った。

 上段からの一撃を剣の角度を調節して受け流し、そのまま背後を取ると剣を振り下ろす。

 勝った、と思ったのも束の間、素早く身を反転させたカルロスがリヒトの剣を弾き、胴に剣を押し当てる。

「私の勝ちにございますね」

 もう何度目だろうか。百を超えた辺りから数えるのはやめた。

 互いに礼をし休憩に入るとカルロスが切り出した。

「それにしてもリヒト様はお強くなられましたね。明日からは真剣を使って訓練いたしましょう」

「本当ですか?!」

「ええ、約束です」

 やっとカルロスに認められた。喜びが湧き上がってくる。

 満面に喜びを湛えてリヒトは自室に戻った。

 ファルスに明日が無いなんて知らずに。




 訓練を終えたら次は父上の執務室へ向かう。普段ブローディアはとても忙しくしているので夕食の時以外はあまり会うことができない。週に一度、彼の執務室で勉強をしながら言葉を交わすこの時間はリヒトにとって大切なのだ。

「次からは真剣を使った訓練を行うらしいな」

「はい、父上」

「カルロスが褒めていたぞ。流石は、私の息子だ」

 分厚い手のひらをリヒトの頭に乗せてそっと撫でる。

 大切な時間に幸せを噛み締めている時、その知らせは届いた。

 コン、コンと扉を叩く音がした。

「入りなさい」

 ブローディアが促すと一人の兵士が部屋へと入り、父上の眼前で膝をついた。

「スカミゴ様より至急の報告があり馳せ参じた次第です」

 スカミゴはブローディアの次男であり騎士団に所属している。少々リヒトに対して当たりが強いので彼は苦手意識を持っていた。

「一体何があった?」

「はっ! 六人目の大魔女、災花の魔女を捕らえ、拷問中とのことです」

 驚きのあまり目を見開く。

 幻とされた六人目の大魔女を捕らえたと聞けば誰もがこうなるだろう。

 この世界には魔女と呼ばれる存在がいる。圧倒的な魔力と人智を超えた『呪い』を操り、災いを齎す悪魔の使い。

 その中でも隔絶された力を持つ魔女を大魔女と呼ぶ。

 かつて世界を滅ぼしかけた五人の大魔女をブローディアを含む四人の英雄が封じた。

 だが、過去一度だけ報告された六人目の大魔女である通称、『災花の魔女』だけは行方が掴めなかったという。

 四英雄ですら捕らえられなかった災花の魔女を捕らえただなんてスカミゴ兄上は凄い。リヒトが感心しているとブローディアが口を開いた。

「それは、確かな情報か?」

 微かに震えるその声は、まるで嘘であって欲しいと願う様な響きだった。

「はい。確かな情報と存じます」

 兵士が答えた。

「あれほど、魔女には手を出すなと言い聞かせておったのに……」ブローディアが小さく呟く。

 しばし沈黙が流れた後、意を決したように父上が口を開く。

「一刻も早くスカミゴに伝えよ。災花の魔女を解放せよ、と」

 思わず震え上がってしまうほど低く恐ろしい声で命令する。

 それを聞いた兵士は部屋を飛び出し、全速力で駆けて行った。

 ブローディアを見上げると、その顔は青ざめていた。

 一体、何が彼をそうさせるのだろうか。

 じっと見つめていると不意に目が合った。

 リヒトの肩に両手を乗せて言い聞かせる。

「リヒト、最低限の荷物を持ち今すぐ城から逃げなさい」

 一瞬、言われた意味がわからなかった。

 逃げる? どこに? 城は安全ではないのだろうか?

「確証はない。だが私の予想が正しければ領民諸共皆殺しにされかねない。ディーノ」

 ブローディアに呼ばれた筆頭側仕えが前に進み出る。

「リヒトを頼む」

「かしこまりました」

 わけがわからないままディーノに抱き抱えられる。

「父上、一体何が」

「リヒト」

 ブローディアが呼び、リヒトの首にある物を下げた。

 それは彼が常に身に付ていた銀の首飾り。守護者を守護者たらしめた物。

「これをお前に託す。きっとリヒトを守ってくれる」

 いつもと同じようにリヒトの頭に手を乗せてそっと撫でる。

「生きろ」

 





 ディーノに連れられて準備を整え、城を出る。

 馬に乗って走り続け城から三十ロメルトは離れた山に登った。そこはファルスの最高峰。ここを越えれば隣のケルト領に抜けられる。既に日は沈み月が白く輝いている。山頂からは見える景色は闇色に染まり、街の灯りに照らされてファルスの街並みがぼんやりと浮かぶだけだ。

 城の方角を見て少し休憩をとっていた時のことだった。

 大地に巨大な魔法陣が浮かび上がる。薄緑に輝くそれはこの世のものとは思えない程美しい。

 その光を受けて城の姿が露わになった。光の粒が宙を舞い夜空と一体になる。それはとても幻想的な光景だった。

 だが、次の瞬間には戦慄することになる。

 魔法陣から出て来た()()は一瞬にして全てを呑み込んだ。

 町も、城も、人も、全てを。

 銀砂の星々が煌めく月下、黒き災いの花が咲き誇る。

 まるで死そのものを見ているかの様な妖しさを纏っていた。

 その光景を眺めながらリヒトは思う。

 ああ、これは、怒りだ。

 災花の魔女の怒り。そうとしか考えられない。

 こんな大規模な()()は大魔女にしか使えないのだ。

 次の瞬間には彼の胸にも怒りが湧き上がる。

 よくも、私の家族を。よくも──。

 するり、と剣を抜き、天に掲げて誓う。

 必ず、殺してやる。何年、何十年かかろうと、必ずこの呪いを破り、喉元に刃を突き付けてやる。

 それは純粋な殺意。無垢なる切望。

 幼き心に刻まれた強い感情はその者の未来を縛る呪いとなる。

 冴え冴えと闇を裂く月光に首飾りが淡く輝く。

 咲き乱るる黒い花々は徐々にその数を増やして大地を呑み込んでゆく。

 溢れる涙を拭い、決して忘れることのない様にこの惨劇を目に焼き付ける。

「リヒト様、参りましょう」

 ディーノに先導され、リヒトはファルス領を出た。 











 黒い花々に覆われた城。二度と覚めることの無い眠りについた友を前にその人物は立ち尽くす。

 彼女の頬は涙で濡れていた。

 かつての仲間たちをこの手にかけるなど、出来ることならばしたくはなかった。

 溢れる悲しみを、必要なことだったのだと言い聞かせて押し込める。

 これは、見せしめだ。

 魔女に手を出せばどうなるのか、シュレイタルに住む全ての人間に知らしめる為の。

 もう、事は動いてしまった。立ち止まることは許されない。

 互いの手を取り合うようにして横たわる亡骸に、手向の花を供えた少女は一つの()()を発動させる。

 その声をより遠くへ届けるために。

「シュレイタルに住む全ての人々よ。聞こえているだろうか? 私はファルス領を滅ぼした六人目の大魔女である。死にたくなくば、二つのことを私に誓え」



 

 


補足

一メルト=一メートル

一ロメルト=一キロメートル


色々と伏線も仕込んでみました。

考察や感想等、お待ちしております。

僕らが紡ぐ物語の方も読んでいただけると幸いです。

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