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第一話 高嶺の花

簡易キャラ紹介


影井真夜かげいまや

この作品の主人公。

アリスという歌い手が好きな高校一年生の女の子。

人と話すことが苦手で緊張していなくても、どもってしまう。

「ねぇ! 影井さんってアリスくんのこと好きでしょ!?」


 何故だか私の隣に座っている高嶺の花から飛び出した言葉であった。


 差し込む日差し。

 窓から吹き込んでくる風。

 舞い踊るカーテン。



 この教室に訪れるもの全てが彼女の為に用意された舞台の演出のようであった。


 長い黒髪をなびかせながらキラリとした眼で風鈴のような音の声。


 これは夏の雰囲気を纏った彼女との初めての交流である。






 四限の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


「はい、今日はここまでです。号令お願いします」


 数学科の気怠げな先生の声に続いて、

クラスの学級委員の生徒からの号令がかかる。


「起立!」


 ぞろぞろと席を立つみんなに遅れないように私も板書をノートに書き写す作業を中断して席を立つ。


「礼!」


「「「ありがとうございました!」」」


 先生は黒板の桟に置いたチョークを四角いケースにしまい、教卓に広げた教科書やノートをまとめている。


そこに質問があるのか、生徒が近づいていく。


 授業中の静けさは何処へやら。各所で楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 私は残りの板書を書き写そうと首を左右へ振って立ち上がる人々の間に視線を通す。


 数学科なのにこの先生はよく黒板に字を書くのだ。挙手をして発言する機会は滅多になく黙々と問題を解いて、板書を取る。私としてはありがたい授業である。


 なんとか解き方のポイントをメモして、公式は教科書でも見て後から書き写すことにした。該当箇所に付箋を貼っておく。


 私は急いでリュックサックに教科書、ノート、筆記用具を雑に突っ込んでいく。


 チャックを閉めてそれを背負うと、一ヶ所に集まって昼食を摂ろうとしている女子の群れから逃げるように私は教室から出る。


 廊下に出て、階段を上がる。


上の階に使われていない教室が幾つかあるのだ。


 私の教室があるのが5階。その上が音楽室や美術室がある。その上の7階が私の目的地である。


私は昼食の時ぐらい人の目を気にしたくはないので、なるべく一人で済ませることにしているのだ。


 一段一段踏み締めて、7階に足を踏み入れると少し息が浅かった。


自分の運動不足を呪いながら歩みを進める。


 使われていない割には清掃されていて綺麗なのだ。


誰か掃除してくれている人がいるのだろうか。


その誰かに感謝をしながら教室の前の扉をガラガラガラと開ける。


当然だが、電気も付いていないし、窓も空いていない。


中に入ると一つ一つスイッチを押していく。


前から後ろへ順々に明るくなる。



 今日は天気が良いので、私は一番窓側の角の席にリュックを降ろす。


それからカーテンを引いて窓を少し開ける。涼しい風が吹き込んでくる。


まだ夏本番ではないので自然の風で充分なほど涼しい。


私は深呼吸をして爽やかな風を自分の体へ向かい入れる。



 学校という集団生活の場で一人になれる空間を見つけられたのは大きな収穫だった。


少しだけ肩の重みが取れた気がする。


 私は席に座ると机に置いたリュックを開けて、中からトートーバックとスマートフォンとイヤホンを取り出した。


そしてリュックを机のフックに引っ掛けると私の昼食が始まる。


 トートバッグの中身は家から持ってきた水筒とコンビニで今朝買ったパンが入っている。


全部出して、スマホのジャックにプラグを繋ぐと耳に栓を突っ込む。



 アプリを立ち上げて音楽を再生する。


 流れ出した曲は私が大好きな曲だ。


 誰もいない教室で大好きなメロンパンを食べながら大好きな曲を聴く。


この時間が最高なのだ。


お昼休みは私にとって学校生活の中で最も楽しい時間だ。


至福の時間を堪能していると、聞こえるはずのない音が教室に響き渡った。


「ガラガラガラ……」


 私は咄嗟にイヤホンを耳から外しながら音のする方。教室の後ろの扉を見る。


 そこに立っていたのは水肖子(みずしょうこ)であった。思いもしなかった来訪者の姿に私の身体は固くなった。


 彼女は私のクラスの中心的人物であり、男女問わずみんなから慕われている人気者だ。


 それでいて、高校生離れした美貌のせいで学校中の生徒からの告白が後を絶たないという噂がある。


彼女が噂の高嶺の花であるということは誰が見ても疑わないであろう。


 すらりとした長身で同じ学年とは思えないほど大人びていて、長く伸ばした綺麗な黒髪は宝石のように輝いて見える。


長い睫毛から覗かせるのは大きな瞳である。


絵に書いたような美人を前にした緊張感からか、突然の出来事に対する動揺なのかわからないほどのスピードで心臓は鼓動している。


「──ごめんね! びっくりさせちゃったかな」


 風鈴のような夏の青の匂いがする声。

だけど蒸し暑い不快感は無く心地が良く思える。


 私は返答をしようと何度も口をパクパクと開いたが音にならなかった。


 扉の前に立つ彼女の視線が痛い。早く声にしようとすると、余計に出ないのだ。


永遠にも思えた長い沈黙の後、私はようやく言葉を発せられた。


「……だ、だ、いじょうぶなにか用事?」


しっかり答えられたか自分でも定かではない。


 彼女はほっとしたような安堵の表情を浮かべる。


「私のこと分かるよね? おんなじクラスの水だよ」


私は首を縦に振る。


「よかったぁー! ねぇ私、影井さんと話がしたいの。隣の席お邪魔してもいいかな?」


 私は彼女のことを初めて見た時、この人と自分は真逆の人間で関わることなどこの三年間で一度もないのだろうと思った。


そんな彼女が今、私の秘密の空き教室に来て、話がしたいと言っているのだ。


 何かきっと裏があるはずだと体は一層、緊張状態を強めるが誘いを断る勇気も手段も持ちあわせていないし理由も思いつかないので首を縦に振った。


 すると彼女は嬉しそうに小走りで私の隣の席にきた。


 ふわりと嗅いだことのない良い匂いが漂ってくる。甘いけどしつこくない香り。


 彼女はリュックサックからお弁当を取り出すと私の方へ椅子ごと体を向けて口を開いた。


「ねぇ! 影井さんってアリスくんのこと好きでしょ」


 それはバッターもびっくりの初級ストレートど真ん中の豪速球であった。


 アリスとは私が先程聞いていた曲の歌手である。


これから私は何を言われるのだろうか。


そんな曲聞いているから暗いんだとか罵られるのだろうか。


とてつもない不安感が押し寄せてくる。


リュックにつけていたストラップが忌々しく見えてくる。


こんなキラキラとした人に馬鹿にされる為に付けていた訳ではないのだ。


どこかにアリスが好きな人が居たらいいなと撒き餌のようにつけていたのだ。


何もサメを釣るつもりではない。


返答に困っていると、水さんは続けた。


「私もアリスくん好きなんだよね。ずっと前から影井さんの鞄のストラップに気づいてたんだけど、話すタイミングに迷っちゃってね」


「──え」


 まさか水さんが同担だとは思いもしなかったので私はびっくりして固まっていると彼女は嬉しそうに自分のスマホを操作してプレイリストを見せてきた。


びっしりと並んだ見覚えしかない曲のタイトルに私はつい、笑みをこぼしてしまう。


 それから彼女は恐る恐る自分の好きな曲について話始めた。


 私も少しづつ相槌を打ったり、吃りながらも自分も好きだという気持ちを伝えた。


 お互いが探り探りでどれぐらいのファンかを確認し合う時間は傍から見ていたら滑稽な様であるに違いない。



「影井さんは彼のユニットの曲も聞いたりする?」


「うん──むしろそっちから好きになったかな……みずさんは、彼の生放送とかは見るの?」


「もちろんよ! きのうの人狼のやつも見たよ。あれ見た? 謎の薬膳料理作るやつ」


「見てるよ」


 アリスは動画投稿サイトに楽曲のカバー動画を投稿する歌い手という活動をしている。


 彼の歌い手として楽曲をカバーするだけではなく、自身で作詞作曲をしてオリジナル曲を投稿したり会場でライブをしたりと立派なアーティストでもある。


 活動の一環でたまにゲーム実況をしたり生放送をしたり謎な動画を投稿したりしている。


 幾度かの問答の末、お互いが重度の沼に頭まで漬かりきっている事は明らかになった。水さんも相当熱心な彼のファンであるらしい。



 楽しい時間はあっという間に過ぎるようにこの世界はできているらしく私たちはお昼休みが終わることを知らせる予鈴がなるまで気が付かなった。


「わー! もう終わりだー! あ、ごめんね、お昼の邪魔しちゃったね」


「──み、水さんの方こそ、お弁当全然食べてないよ」


 この短い時間で大分距離を縮められたみたいで、吃りが落ち着いていることに驚いた。



「絶対また話そうね! またっていうかこれからっていうか……」


 水さんはもじもじと照れながら私に向かって楽しかった気持ちを告げた。


あまり目を合わせることができないので今まで気が付かなかったが彼女の耳が少し赤いような気がした。


高嶺の花でも好きなものを話す時は気分が上がるのだと驚いた。


「うん!是非話したい」


 私たちは急いで机の上を片付ける。私は水さんがリュックを背負ったのを確認すると自分も背負って電気を消しにいく。


示し合わせたように私たちは前と後ろ別々の扉から教室を後にする。


確か次は理科実験室へ移動だったはずだと思い出していると、彼女が私に横に来た。どうやら一緒に行ってもいいらしい。



「影井さん……私のことは名前で、肖子でいいからね」


 移動の最中キョロキョロしながら声を掛けられた。あまりに可愛いらしい仕草で欲しかった言葉を言われたので反射的に声が出た。


「わ、わたしも真夜で、いいよ」


「うん、よろしくね。マヤ!」


 名前で呼ばれるなんて家族を抜きにしたら何年ぶりの出来事だろうか。


「こちらこそよろしく。ショーコ」



読んで頂きありがとうございます。これからも更新する予定なので次話をお待ちください。興味を持ってくれた方はいいね、ブクマ、コメント、レビューなどお願いします。

私が泣いて喜びます。

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