究極のトンカツサンド
しいな ここみ様 主催
とんかつ短編料理企画 に参加したお料理(作品)です。
本日の俺、社員食堂でカミさん特製弁当を味わう。
社員食堂といいつつ、このご時世でテレワーク導入、そして出社者が激減。
食堂として入っていた業者さんも、契約更新せず撤退し、社員食堂はただの椅子とテーブルがある休憩室となった。
給水機と給茶機だけ稼働する、弁当族の昼飯スポットである。
「みてみてー! 究極のトンカツサンド作ってきたぁ!」
俺の後ろで楽しそうな声をあげるのは、宮原だな。
え、究極とか言ってるけど、なにそれ。
「おぉ、とうとう作っちゃったかぁ!」
感嘆の声を上げる伊藤が、宮原の向かい側に座っているようだ。
「こないだ、ドーキホーテでヒレ肉がお安かったのっ!」
「ヒレ肉のあたりで、すでに究極感強いわね」
伊藤に同意する。
ヒレ肉なんて高くてそうそう買えない。この歳になると赤身のありがたみを思い知るものの、お財布が半べそかくんだよな……。
「ふっふっふっ。イトちゃんよ、お肉だけじゃなく色んな物が究極すぎて、ヤバヤバなのよ!」
「なになに?」
宮原の語彙もヤバヤバだぞ。
とはいえ、己でハードルを上げている究極のトンカツサンドは、一体どんなもんなのか……。解説よろしく、宮原。
「その1っ! サンドのパンは、旦那実家のパン屋からもらったレシピ!」
「なんですって!? パン屋直伝のレシピとか羨ましい!」
伊藤が食いついた! よし、続けてくれ。まじで気になる。
「このレシピであれば、ホームベーカリーにお任せでも、ふっこふこのパンが出来るの!」
「ベーカリーまかせかいっ!」
「うちパン型とかないし!」
「うちもそうだわ!」
ふっこふこ……なのか。ふかふかじゃないのか。ふっこふこのほうが柔らかく感じるな……何故だ?
「そしてその2ッッ! おソースが、なんと手作りっ!!」
「……はい?」
はい? ソースが手作り……??
「うちのお隣さんが、なんやかんやの事情で、ウスターソースは手作りらしいのよ」
「マジで……? 作れるもんなの?」
「らしいよ。レシピ教えてもらったけど、ちょっとうちにはハーブやスパイスがなさすぎて、手が出せない感じだった……」
事情は覚えてないんかい! すげぇ料理にこだわり持つ人なのか、宮原家の隣人は……。伊藤の驚きに俺も同意だ。
「そしてぇ……!」
まだあるのかよ!!
「その3はこの衣っ! なんと高野豆腐の荒削りで出来ていますっ!!」
「えっ、パン粉じゃないの?!」
伊藤に同意ぃ!! せっかく宮原旦那の実家がパン屋なんだから、その直伝レシピのパン粉とかも、究極のパン粉になりそうだぞ!?
「サンドでパン使用なら、衣は別物にしてあげないとね!」
「でも、なんで高野豆腐??」
「旦那が最近、糖質トーシツって、やかましいのよねー」
「わかるー」
宮原、伊藤……君たちの旦那は、お腹のお肉が気になるお年頃だ……。俺も数年前に突入している。やかましいとか言わないでくれ……。
「あぁ、それでパンじゃなく、豆腐でよろしくみたいな?」
「そそ。よろしくさせずに、荒削りはやらせたけどね!」
「パン粉を拒否するなら、それに代わるものは、希望者が用意しないとよね」
「そうそう!」
高野豆腐って、硬いよな。あれを削ったのか。ご苦労さん、人事部の宮原(旦那)よ。
「そんなわけでぇ……イトちゃんどうぞっ!」
「いただきまぁす!」
――サクッ
わっ……家で作ってきたサンドイッチだから、冷めてるはずなのに、サクッて聞こえたぞ……。
「んん〜?! なにこれぇ!!」
伊藤の声が明るくて、幸せそうに聞こえる。
「パンがふわふわもちもち! 塩気があるけどバターの香りも出てるし、それでいて優しい甘さもある! これ、高級食パンみたいな味じゃない!」
高級な食パンって、もがみ系のパンってことか?!
あまり食った事ないけど、すんげぇ美味かったんだよな……。
「ソースも市販のコーギーソースとは違うっ! どっちかってーと、デミグラスっぽいかんじだけど、塩気もちゃんとある。野菜の旨みがすっごい出ているし、沢山のハーブの香りが鼻から抜けるし、スパイスも効いてる!」
ソースで見事な食レポありがとう、伊藤。
マジでそのソース、気になるんだが……。
「あとは、このサクサクな衣に包まれたヒレ肉よね! 脂身少なめなお肉は、罪悪感無く食べれちゃうっ! 高野豆腐の衣、いいね!」
「ふっふっふ! 究極に究極を重ねたトンカツサンドよ!」
「わかるわぁ……。これ、マジでヤバっ」
伊藤が誉めながらも、食べる手が止まらないようだ。
絶えずサクサク聞こえる。あ、宮原も食ってるからか。
「ご馳走様ぁ!」
「お粗末さまでしたっ」
あぁ、伊藤と宮原の声が、とても満たされたモノに聞こえる……。
羨ましく気になりまくりだが、俺にはカミさん特製弁当がある。いつもとても美味しいのだ。ありがとう、カミさん。
お? スマホが震えた。カミさんからメッセージだ。
――今夜はトンカツでいい?
以心伝心かっ?! ちょうど口がトンカツ気分だ! ありがとう、カミさん! 愛してる!
よし、今日は絶対に残業しないぞ!