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宙ぶらりんの着地場所 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 いやあ、4月に入ってまた暑い日が増えてきたと思わない?

 エアコンももったいないし、窓のお仕事だよねえ、これは。はあ〜冷たい風で生き返る〜。

 そういえば、ここらへんで外側にばーんと開けるタイプの、開き窓って少ないよねえ。あれ、けっこう好きなんだけど予算の関係とかあるのかな?

 ファンタジーものだと、あの手の作りの窓はよく見かける気がするよ。やっぱ外側に開く様子を見たら、内でも外でも開放感を感じられるしね。もっとこのあたりでも増えないかなあ……。


 ――え? 最近は結露対策でペアガラス、トリプルガラスが増えているようだから、重くなって難しいんじゃないか?


 ああ、聞くねえ、そのあたりの話。

 学生の自分は防弾仕様とか、勝手にロマンを感じていたけど、防音とかの意味では大事だよね。結露対策にもなる。

 そうそう、結露といえば本来は木や樹脂で作られた窓枠こそが対策に適しているらしいけど、実際のところアルミサッシを採用している家が多いんだよね。特に日本ではさ。

 なんでだと思う? 軽いから? コストパフォーマンスがいいから?

 僕は、もしかしたら違うんじゃないかと思っている。昔の思い出があってね。

 その時のこと、聞いてみないかい?



 僕のじいちゃんの家は、当時でもすでに珍しめになりつつあった、木枠の窓を採用していた。

 先に話した開き窓に、僕が関心を持っていたのも、このじいちゃん家の影響が大きい。僕が泊まる時にいつも使わせてもらう部屋は、この開き窓を持つものだった。

 代わりに窓のサイズは限られている。南側の机の際に一つ、西側に一つ、東は別室の壁で南側は出入り口と押し入れだ。

 きっちり測ったわけじゃないけど、南側のものは幅1メートルはあっただろうか。当時の僕が両腕を使わないと、窓枠の幅をカバーしきることはできなかった。


 網戸のたぐいはついていない。開けばそこは、内と外をじかにつなぐトンネルとなる。

 ときどき、虫たちがダイナミックエントリーしてくるわけよ。田舎相応のサイズのヤツがね。羽根つきとか、なかなかビビるんじゃない?

 そいつに慣れたせいか、都会で暮らすようになってから見かけるサイズの虫たちに、臆することはほとんどないのは幸いととっていいのか。かといって、すぐ僕に虫の処理をお願いしてくるのは勘弁してほしいのだけど。

 部屋でくつろいでいるときはまだいいが、机で本を広げているときとか、ぱっとページに乗られると不愉快だし、かといって風は欲しいし……と開き具合はうまいこと調整しないとさ。

 その日も、手のひらからはみ出すくらいのカミキリムシが、飛び込んできたのさ。

 ケミカルな明るさを持つ青に、ふんだんにまぶされた黒い模様。チョコミントアイスを思わせる色合いを持った個体だ。

 ちょうど紙の本を読んでいるところ。変な関心を持たれてページをかじられちゃかなわない。

 本を持ったまま、窓のそばへ。少し開きながら、ぱっぱと本で払ったところで、僕は気づいたんだよ。

 

 木の窓枠の外側。外気に触れるが、内側からはのぞきこまないと見えないその張り出しに一本、立派な枝が生えているんだ。

 長さこそ僕の小指程度だけど、表面に浮かぶのは連なる山形のしわを浮かべた木目。このじいちゃんの家にある、年代物の長机などに浮かぶものと似ている。

 枝の半ばには、親指の先がすっぽり入りこむほどの「うろ」が開いていた。どちらも、まるでずっと昔からここにありますよ、といわんばかりのいでたちだ。

 

 昨晩まで、このようなものなかったはず。そもそも加工されてダメージを負っただろう木に、このようなものを瞬く間に生やす力が残っているのか?

 率直にじいちゃんへ報告すると、「またさびしがっとるか」と意味深な言葉の後、処理の仕方を教えてくれた。

 じいちゃんいわく、こいつは「指切り枝」と呼んでいるらしい。

 字面だけ見ると物騒な感じもするだろう。実際は半々くらいのものだ。

 この枝が生えたなら、その先に自分の小指を絡めてやる。そして人同士で指切りをするときと同じように、例の文言を口にしながら上下に柔らかく揺さぶるんだ。

 そののち、枝の根元にカッターなどの刃を当てて、切り落としてやる。一気にやるのではなく、ゆっくりと刃を引いたり押したりしながらだ。


「こいつにはな、果たされなかった約束が詰まっている」


 枝と一連の「指切り」を交わしたあと、その根元に小刀をあてがいながら、じいちゃんは話した。


「うそつきは泥棒の始まり、とはお前も聞いたことがあろう。だが時代は変わった。

 人が増えていったことで、仕事でも私事でもウソをつかねばならんときが増える。悪意あるウソから優しいウソ、ウソのはずがウソでなくなったもの。あるいはその逆……。

 もっともウソがつきまとうのは、『約束』じゃ。どのような理由があろうと、果たされるか果たされないかの一点が、評価を決めよう。

 ときには誤解を生んだまま、宙ぶらりんに終わってしまった約束もある。今後、どう頑張っても果たされることなく、ウソになり続けるよりほかにない約束がな。

 そいつらの未練が、木々に集まる。長く生きる木々の懐は、人よりはるかに大きい。ついそれらを抱え込んでしまうでな。あまりに多ければ、こうして木の窓枠にも表れる。ほうっておけば不幸を呼び込む」


 じいちゃんはゆっくり、ゆっくり小刀を動かす。木のカスが刃に半分くっつき、残りはポロポロと地面へ緩やかに落ちていく。


「だから、わしらが約束してやる。当人たちの知らぬ間に、とほうに暮れた約束をわしらが看取ってやるわけじゃ。

 だが、この移り変わりもいたずらに責められるものではない。

 人ひとりが抱え込むに、現代のウソはあまりに多く、重い。それに潰され、歩みを止める者が増えれば、本来彼らに救われるはずだった数え切れぬ命もまた、不幸になる。

 忘れてもよい。歩めればよい。

 ゆえに町は、重荷を抱え込みがちになる自然のものを遠ざける。その場限りで、引きずらぬように。かわりにわしら田舎が受け皿になってやる。

 差別ではない。分担だ」


 それから10年くらいしてじいちゃんが亡くなり、家も別の持ち主が買い取ったらしいけど、数年前にそばを通ったら家は影も形もなかった。


 いまもまた増える人、増える約束。それを都会では受け止めきれない。

 だから窓枠も、人の手の多く入ったアルミでもって、宙ぶらりんの約束が都会にとどまるのを、少しでも減らそうとしているんじゃないかと思うんだよね。

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