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一ノ瀬リサの苦悩

「舞斗!リサの演技始まるらしいぞ。」


チームメイトの佐々木に連れられ、女子のショートプログラムを見ることになった。


「次は怪我から復帰を果たしました。一ノ瀬りリサ選手です。」


アナウンサーの実況の声と共にアイスリンク中央には、リサの姿があった。

息をゆっくり吐きながら、手足を一生懸命に振り、緊張を紛らわしているように見えた。


彼女は、ジュニア時代、全ての大会で金メダルを獲得し、10年前の世界ジュニアでも僕と共に金メダルを獲得した。いわばスター選手の1人だった。


そしてその勢いのまま、シニアへと上がり、全日本選手権で僕よりも先に表彰台に昇ることができた。


僕たちに初めてのオリンピック出場のチャンスが回ってきたのは、19歳の時だった。


絶対的エースだった斉藤あずさが前年度の世界選手権を欠場したことから日本のオリンピック出場枠は、2つになっていた。


1人目は、オリンピックや世界選手権で表彰台に登ったことがある斉藤が勝ち取ることは、明確だった。


そのため実質残り1枠をかけた戦いだった。


前年度の全日本選手権で2位に入り、世界選手権でも3位に入っていたリサが残りの1枠を取るだろうと全国民が思っていただろう。だが結果は、そう上手くいかなかったのだ。


当日15歳でシニアに上がったばかりの山本ゆりが全日本選手権で優勝を果たし、代表入りを果たした。


彼女は、3位に入ったが、切符を逃してしまったのだ。


3枠あれば、出場できていたのではないかという思いが彼女を苦しめた。


だが、彼女は、真のアスリートだ。こんなことでは、挫けなかった。


2度目のチャンスが巡ってきたのは、それから4年後の23歳だった。


その年のグランプリシリーズ2戦で優勝を果たし、グランプリファイナルに出場することができたのだ。


ファイナルに進出したのは、日本人でたった1人だった。


今回こそは、オリンピックへの道がすぐそこに見えていた。


だが、彼女は、グランプリファイナルの公式練習中に転倒し、全治2ヶ月の怪我を負ってしまった。


そのためオリンピック選考会である全日本選手権に出ることができず、2度目の夢舞台への切符も逃してしまった。


だが、それでも彼女は、諦めなかった。必死にリハビリを行い、怪我から3ヶ月後の世界選手権に間に合ったのだ。


僕は、観客席で目を瞑りながら手を合わせ、祈った。どうか彼女の演技が上手くいくことを。


そして音楽が流れた。僕を含め、鬼塚スケートクラブのチームメイトならこの曲を口ずさむことが出来るほど、彼女は、常にこの曲の練習をしていた。


「3回転ルッツ。なんとか堪えました。」


冒頭の3回転ルッツは、バランスを崩したが、何とか持ち堪えたようだ。だが彼女の顔を見ると、焦っているように見えた。この冒頭のジャンプでルッツの後にトーループをつけるはずだったのだろう。


ショートでは必ずコンビネーションを飛ばなくては、ならない。すなわちリカバリーをしなくては、ならないのだ。だが彼女が跳べる3回転+3回転は、ルッツ+トーループしかないのだ。


「ダブルアクセル。ここは、無難にダブルにしました。」


必ず飛ばなくてはならないアクセルジャンプも成功したようだ。本来彼女は、トリプルアクセルを降りることができる選手だ。だがこのジャンプのせいで怪我をした彼女は、それ以来跳べなくなってしまった。


トリプルアクセル、4回転ジャンプを当たり前に跳ぶ選手ばかりになってしまった今の女子フィギュアにおいて、致命的である。


そして僕は、ここで気づいた。彼女は、賭けにでたことを。


ショートでは、ジャンプは、3度しか跳ぶことができない。


1つは、冒頭の3回転ルッツ。2つめは、ダブルアクセル。ということは、最後にコンビネーションを飛ばなくてならないということを意味している。


「3回転フリップッ…あ!転倒してしまいました。」


「あ!」


僕と佐々木は、思わず目を覆った。コンビネーションをつけることができなかったのだ。そしてその後のことは、あまり記憶に残っていないのだが、スピン、ステップは、順調に終えたようだった。


最後のポーズを決めた彼女は、その場に泣き崩れていた。彼女が泣いているところを初めて見た気がする。同い年だが僕よりも何百倍もしっかりしている彼女。そんな彼女が初めて涙を見せたのである。


「一ノ瀬りさ選手の得点、50.03点、現在の順位は、4位です。」


点数が出た瞬間、彼女は、唖然としていた。


隣にいる鬼塚コーチもそんな彼女を見て、何と声をかけたら良いのか分からないでいた。


必死に背中をさすり、彼女のバックなどすべての荷物を持ち、彼女を控え室へと誘導していた。


15年間彼女のこんな姿を見たことがなかった僕は、心配になり、彼女の後を追った。


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