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青木の想い

「舞斗くん!今日のお昼一緒に食べに行きましよ!」

「舞斗くん!お弁当作ってきました!受け取ってください!」

「舞斗くん、聞いてますか?」


僕青木真司の親友である佐藤舞斗は、いつも女性に囲まれている。あんなに内気だったアイツがいつからこんな風に多くの人から愛されるようになったのだろうか。やはりオリンピックで優勝したのが要因だろう。それ程オリンピックという大会は、人の人生を変えてしまうのだ。


「舞斗!」  


僕が声をかけると、靴紐をじっと見つめながら下を向いていたアイツが顔を上げ、嬉しそうな表情を浮かべた。


「青木!いたのかよ。いたなら話しかけろよ。」

「いやいや話しかけるにもこんなに周りに人がいたら話しかけれねーだろ。お前が羨ましいよ。女性からモテて。」


半分嫌味も込めて言ってやったのだが、本人は、笑いながら俺の肩を叩き、


「何言ってんだよ!」


と言った。どうやらコイツは、気づいていないらしい。自分がモテていることを。今日だけは、分かる気がするよ。リサの気持ちが。


「世界選手権に出るんだな。ってことは、現役続けるのか?」


僕は、彼のインタビューを見てからずっと気になっていたことを彼に尋ねてみた。


すると、彼からは、予想外な答えが返ってきたのだ。


「そのつもりだったんだけど、俺の今後の目標ってなんだろうって思い始めてしまったんだ。」


やはりオリンピック2連覇を果たすと、今後の夢がなくなってしまうのか。僕は、そう感じた。だが、彼の表情を見てみると、違うように思えたのだった。


僕は、恐る恐る聞いてはならないかもしれないあのことについて尋ねたのだった。


「お母さんのことか?」


すると、彼は、静かに頷き、


「もう諦めるんだ。」


と言った。


 彼から諦めるという言葉が出てきたことに衝撃を受けたと同様に腹が立った。


 僕と彼が初めて出会ったのは、8歳の時だった。


彼が移籍してくるまでは、僕が関東ブロック大会で優勝を総なめしていた。だが全国大会になると、優勝することができなかったのだ。


それは、西には不敗のモンスターこと佐藤舞斗がいたからだ。


だが僕は、当時は、それ程彼に負けたことを悔しいとは、思っていなかったように思う。僕は、単純に楽しかったのだ。彼のような強い選手と戦えることが。


だが、しばらくして彼がうちのクラブに移籍することを知った。


勝ちにこだわらない僕でも流石に焦っていた。これまで誇りに思っていた関東No.1の称号を彼に獲られてしまうかもしれないと。


そして、僕が恐れていたことを彼は、軽々と成し遂げていったのである。



今から8年前。


僕が15歳で初めて全日本ジュニア選手権で表彰台に登った時、彼は、世界ジュニア選手権で優勝した。


僕もその大会に出場したが、結果は、4位と1歩表彰台を逃したのである。


僕は、この時に決意したのだった。


僕は、表彰台の頂点に立たなくても良い。


世界の舞台で彼と一緒に表彰台に登りたい。


それを成し遂げるまでは、引退しないと。


そう思い望んだ今回のオリンピック。


結果は、彼は、優勝、そして僕は、4位…


8年前と同じ結果になってしまったのだ。


この8年間頑張ってこられたのは、彼が僕よりも遥か先を、困難な道を進んでいたのを見てきたからだ。


だから僕は、君の諦めた姿は、見たくないんだ。僕は、気づいたらその想いを彼にぶつけていた。


すると、彼は、これまで見たことのない程感情を露わにし、こう訴えかけたのだ。


「俺だって諦めたくなかったよ。世界ジュニアで優勝した時も母は、迎えに来てくれなかった。でもオリンピックで優勝すれば、迎えに来てくれるはずと信じて4年間必死で練習したんだ。でも母は、現れなかった。それからまた4年間努力をして今回2連覇を果たした。それでも…これ以上期待するのも努力するのも嫌なんだよ。」


そう言って走り去ってしまった。


アイツは、そんなことを思っていたのか。僕が頑張ってこられた原動力が君だったように、君にとっての原動力は、君の母だったのだ。


僕は、彼に言ってはいけないことを口にしてしまったのかもしれない。


だが、僕は、僕の夢を叶えたい。1ヶ月後にある世界選手権で君と一緒に表彰台に登るという夢を。


だから君も諦めないで欲しい。


君のお母さんともう一度再会するという夢を。


どうか。諦めるな。

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