母との再会
「舞斗、着いたぞ。ここのお屋敷みたいだ。俺は、外で待ってるからな。」
そう言って彼は、僕の背中を押してくれた。僕は、彼に感謝の気持ちを伝えた。
目の前には、大きなお屋敷。
母は、僕を捨てて、こんなにも大きな屋敷で過ごしていたと思うと、母に対する怒りが芽生えそうになった。
だが、僕は、もう決めたのだ。
どのような結末が待っていたとしても、その全てを受け入れようと。
僕は、意を決して、お屋敷のインターフォンを鳴らした。
「はい。」
すると、70代女性が屋敷からでてくる。
「初めまして。佐藤舞斗と申します。ここに僕の母が住んでいると伺ったのですが…」
「奥様の息子さまでございますか?フィギュアスケート選手の?」
僕は、静かに頷いた。
「奥様をお呼びしますね。それまでこちらでお待ちくださいませ。」
家政婦らしき女性が急いでリビングまで走り去って行くのが見えた。
リビングに母がいる。
そう確信した僕の心臓の鼓動は、高なった。
「奥様!奥様!息子さまがお越しになられました。」
「え?どういうことなの?」
母が玄関にやって来った。母は、僕を見ると、大粒の涙を浮かべた。
「お母さん?お久しぶりです。舞斗です?覚えていますか?」
僕は、恐る恐るそう尋ねた。すると、母が僕を抱きしめた。
「覚えているに決まってるでしょう。ごめんねぇ。ごめんね…これまで会いに行かなくて。本当にごめんね…」
彼女は、子どものように泣きじゃくりながら、僕の胸に磁石のようにひっつきながら抱きしめた。
これまで一度も会いにきてくれなかったからもうこの世にいないのではないかと思っていた。
もし今も母がこの世に存在しているということは、僕を捨てたということ。僕になんか会いたくないと思っている。そう思っていた。
だが母の涙を目の当たりにし、僕のそんな考えは、間違っていたことに気づいた。
「あなたは、この世でたった1人の息子よ。1日もあなたのことを忘れたことなどないわ。」
抱きしめながら号泣する母。まるで生まれたての赤ちゃんのようだ。
母が醸し出す雰囲気に飲み込まれたのかもしれない。
普段本当に思っていることをほとんど口にしない僕だが、何故か伝えよう、そんな想いになったのだ。
「僕もです。これまで頑張ってこられたのは、あなたがどこかで見ているかもしれないと思えたからです。」
気づくと、そう言っていた。ずっと心の中で思っていた本当の想い。僕は、伝えることができたのだ。
再び僕たちは、抱擁を交わす。まるでこれまで会えなかった日々を埋めるかのように。
そんな僕たちの姿を見た家政婦の三田さんの目にも涙が光っていた。彼女は、母とは、深い仲なのだろう。その涙を見ただけで伝わってきた。僕は、なんとも言えない気持ちになった。
それから僕たちは、色々な話をした。
はじめに話したのは、母に裏切られたと思っていた世界ジュニア選手権についてだった。
あの日、試合後、僕は、会場内の隅々まで母を姿を探した。だけど、彼女は来なかった。僕は彼女に裏切られたと今日までずっと思ってきた。だが、次の瞬間衝撃の事実を僕は知ることになる。
「実は、世界ジュニア選手権も見に行ったのよ。」
母がそう言ったのである。母の話によると、世界ジュニア選手権観戦後、母は具合が悪くなってしまい、救急車で搬送されたそうだ。そこで癌を患っていることを知ったそうだ。このままの自分では息子に再開しても迷惑をかけてしまうそう思った。母は迎えに行かないことを決意したそうだ。
僕は勝手に母は僕がいらなくなって捨てたのだとずっと思っていた。だが、彼女の選択は、僕を思っての行動だったと言うことを知った。これまで母を責めていた僕に苛立ちさえ覚えた。
「なぜアメリカに来られたんですか?」
僕はずっと疑問に思っていたことを彼女に尋ねた。
「アメリカに来たのは、病気を治すために来たの。」
彼女はそう答えた。
世界ジュニア選手権後、日本の病院に入院することになった。母は、主治医にアメリカに行くよう勧められた。そしてこのお屋敷にある病院にたどり着いたらしい。そしてこの病院の院長を務める男性と3年前に再婚したそうだ。彼女は僕にこのことを隠していたことを誤っていた。だが、僕は彼女を責める気にはなれなかった。僕は彼女が幸せならばそれだけでよかったのだ。僕は彼女に最後にこの質問をした。
「お母さん、今幸せ?」
すると、彼女は、
「もちろん幸せよ。息子がこんなにも立派になってくれて。」
満開の桜のような笑顔でそう答えてくれた。
僕は母のその言葉を聞けただけで何とも言えないような幸せを感じた。しばらく昔話に花を咲かしていたところ、母が照れ臭そうにこう聞いてきたのである。
「舞斗は、良い人はいないの?好きな人とかさ。」
僕は何とも言えない恥ずかしさに陥った。全国の男性は、母に恋人の存在を聞かれたとき、こういう思いをするのか。これまで青木たちがよく話していたことだが、僕には全く経験のないことだった。実際聞かれたときに、どんな気持ちになるのだろう。ずっとそう思いながら、彼らの話を聞いていた。いざとそういう質問をされたとき、僕も彼らと同様、なぜかこっぱずかしい気がした。
「好きな人は、います。でも大切な人が側から離れてしまうのが怖くて、想いを伝えることができないんです。」
僕は今1番悩んでいることを母に相談した。これまで悩み事があったときに親に相談と言うものをしたことがなかった。僕はこのことでさえも新鮮に感じられた。なんとも言えない安心感に陥った。
リサがこれまで母がいない間ずっとそばにいてくれたこと、ずっと僕の1番の理解者であったことなどを母に伝えた。すると、母は安心したように、
「それなら大丈夫よ。想いは、伝えないと伝わらないものよ。側にいてくれるうちに想いを伝えないとその子も離れていってしまうわよ。」
彼女は最後に僕の背中を押してくれた。僕はこの言葉を聞いて、りさに勇気を出して、自分の思いを伝えよう。そう決意したのだった。




