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彼の壮絶な過去


「先輩、僕聞いてはいけないことを聞いてしまったでしょうか?」


 インタビューを終えた記者席では、入社1年目の如月が焦った様子で先輩記者である後藤の元へと駆け寄った。


「なんでそう思ったんだよ?初めてのインタビューにしては、良くやった方だと思うぞ」


 後藤記者は、パソコンに文字を入力しながら何も気にしていないように言葉を吐いた。


 先輩は、学生時代野球で甲子園に出場したこともある超体育会間の人間だ。


 如月が間違った行動をした時にお世辞で褒めたりなど絶対にしない人間だ。


 だがら今日の如月のインタビューの出来は、良かった方なのだろう。


 だが如月は、納得のいかない表情を浮かべた。如月自身が今日の如月を許すことができなかったのだ。


「僕の質問の後、佐藤選手が考え込んでいたように見えたんです。」


 如月が佐藤選手に向けた質問は、彼の今後の目標に関するものだった。


 初めて任された仕事で気合が入っていた如月だったが、最後の佐藤選手の表情が自分の失敗を物語っている気がしたのだ。


 後藤記者から常日頃、スポーツ記者は、インタビューする相手に寄り添いながらインタビューすることが大事だと教わってきた。


 6ヶ月という長い研修期間の中でも僕が唯一同期の中で優れていると言っても過言ではない部分だった。 


 それなのに佐藤選手の気持ちを無視してしまった気がしてしまっていたのだ。 


 如月は、記者席から立てなくなってしまう程、落ち込んでいた。

 

 そんな様子を見兼ねた後藤記者が如月が腰掛けている椅子の隣に座った。


「お前も立派な記者になったんだな。」

「なぜそうなるんですか?僕は、記者失格です」

「そう思うなら舞斗のこれまでの歴史をもっと勉強すればいいだけだよ」


 先輩の言う通りだ。起きてしまったことを悔やんでも仕方がない。これからもっと選手について研究して、より深く理解するべきなんだ。


そう思った如月は、後藤記者の鼻しか見えなくなる程近づき、


「先輩!佐藤選手について教えてください!」


と言った。


 すると、後藤記者は、嬉しそうな表情を浮かべ、話し始めたのだった。


 佐藤選手の出身地は、岡山であることや8歳で単身で東京にある鬼塚スケートクラブに移籍したことなど多くの情報を手にすることができた。


 そこで如月は、1つの疑問が生まれた。


「先輩!佐藤選手は、親元を離れて暮らしているということですか?」


 僕がそう尋ねると、先輩は、僕から目を逸らした。 


 僕には、分かる。今僕は、聞いてはいけないことを聞いてしまったんだ。


 相手の表情を読むのは、職業病かもしれない。だがここで引き下がる訳には、いかない。


 スポーツ記者として先輩のように本当の意味で選手を理解したいのだ。


 佐藤選手がフィギュアスケートを始めたきっかけは、3歳の頃に両親と共にスケートリンクを訪れた際にスカウトされたことがきっかけだ。これは、全国民が知る事実である。


 そして当時の先生によると、3歳で既にシングルアクセルを跳んでいたらしい。 


 アクセルというのは、ジャンプの中で最も難易度が高いジャンプのことだ。


 通常、教室に習い始めて1ヶ月程度でスリージャンプといって半回転できるようになるのが一般的だと言うのだから、佐藤選手が幼少期から他とは異なっていたことが分かる。 


 天才的な能力を兼ね備えていた佐藤選手は、岡山のスケートクラブでめきめきと実力をつけていった。


 そんなある日、彼に悲劇が訪れたそうだ。


 彼が5歳のとき、両親が離婚してしまった。そのことのショックで彼は、今も父親の顔を思い出すことができずにいる。


 フィギュアスケートは、他の競技よりもお金がかかる競技だ。


 一流選手に上り詰めた選手は、親が裕福である場合が多い。 


 そのため佐藤選手もフィギュアスケートを辞めざるを得なくなってしまったのだ。



「先生、舞斗にフィギュアスケートを続けさせることができなくなってしまいました。」



 彼の母親は、先生にこう告げたのである。



 すると、先生は、

「何をおっしゃているのですか?舞斗くんは、今後オリンピックで金メダルを獲得するかもしれない有望な人材です。」



 先生が取り乱したように彼の母親にこう問いかけたのだ。


 それもそのはずである。この頃にはもう彼は、5歳にして全ての3回転ジャンプを跳べるようになっていたのだから。


 先生は、生徒を褒めないことで有名だ。そんな先生が自分の息子をこんなにも褒めている。そんな光栄なことはない。


 彼に競技を辞めさせてはならないと感じた母親は、決意したのだ。 


 彼のために仕事を増やすことを。 


 朝から深夜までパートを入れ、衣装代、スケートリンク貸切代、振付代などを稼いだ。


 こうして彼は、フィギュアスケートを続けることができたのだ。だがこんな日々も長くは続かなかった。



「佐藤さん!佐藤さん!佐藤さん!」



 彼女の職場で女性の声が響き渡る。彼女は、職場で倒れてしまったのだ。



「お母さん!」



 当時8歳だった佐藤少年は、病室にいる母の元へと駆けつける。



「舞斗、心配かけてごめんね。」

「お母さん、大丈夫なの?」



 あまりにげっそりと痩せ細った母を見た少年は、心配のあまり彼女に言葉を投げかけた。 


 すると母は、息子に心配をかけまいと精一杯の力を振り絞ってこう言葉をかけた。



「大丈夫よ。少し疲れていただけみたい。」



そんな母の気持ちを汲んだ息子は、


「僕お母さんが元気になるまでずっと側にいるからね。」


と口にした。



 8歳ながらにも母を守り抜きたいという想いの表れでもあった。


 そんな素朴で純粋な彼の想いに母は、目から涙を浮かべ、彼にこう明かしたのである。



「舞斗。実はね、お母さんしばらく働けないかもしれないの。だから舞斗は、そこにいるおじさんと共に東京に行くことになったの。」



 おじさん?彼は、母と話すことに夢中で病室の端にある椅子に腰掛けていた40代ぐらいのスーツ姿の中年男性に気づいていなかった。



 母のその言葉に子どもながらに嫌な予感を感じた少年は、咄嗟に


「え?嫌だ。僕、お母さんの側にずっといる。」


と口にしていたのである。



 すると、母は、



「ダメよ。今フィギュアスケートを辞めたら、絶対後悔するわよ。あなたは、将来必ず金メダルを獲る存在なんだから。おじさんと共に東京に行けば、今よりも良い環境でスケートができるわ。」



 点滴をしており身動きが取れないながらにも、母は、今ある全ての力を込めた。



「嫌だ。僕スケートなんてどうでもいいよ。お母さんとずっと一緒にいたい。」



 5歳で親が離婚してからずっと母と2人で暮らしてきた少年にとって母は、生きる全てだった。


 これまで生きてこられたのも母のおかげだった。


 そしてフィギュアスケートも続けてきたのも、母が喜んでくれたからだ。


 決して自分がしたかったのではなかったのだ。母のために生きてきたのだ。



「大丈夫。舞斗が世界大会で優勝したら私の体調も良くなるはずよ。その時に必ず迎えに行くからね。それまでの辛抱よ。分かった?」



 その言葉を信じた彼は、そのおじさんに手を引かれ、東京へとやって来たのだ。



「これが舞斗が親元を離れて暮らしている理由だよ。分かったか?誰にも言うなよ。」

 


 先輩の言葉に静かに頷いた。だが如月には、1つの疑問が浮かんだ。 



「あの!そのおじさんって誰なんですか?」



 僕がそう尋ねると、先輩は、パンプレットに掲載されいる写真を指差した。 


 そこには、スケート連盟会長と書かれてあった。


 彼は、東京に来てから会長の家に住み、衣食住の全てのサポートを受けた。


 そして彼が運営する国内最大級のスケートクラブ「鬼塚スケートクラブ」に移籍し、すべてのレッスン費も彼が賄ったそうだ。



「なぜスケート連盟の会長がそこまでするんですか?」

「それは、誰にも分からないんだよ。そんな待遇を受けているのは、舞斗だけなんだ。」



 会長は、将来有望な人材すべての人にそうしているのではないそうだ。


 家に住まわせたのも佐藤選手だけ、レッスン費を負担したのも彼だけだそうだ。


 8歳の頃に多くの選手たちに経済援助をするのなら分かる。


 どの人材が将来金メダルを獲得し得るかは、分からないからだ。


 だが佐藤少年だけに支援していたとなると話は、別だ。


 彼がオリンピック出場できなかったらどうするのだ?如月には、多くの疑問が残った。



「舞斗は、ずっと母親を探しているんだ。だから世界大会で優勝することにこだわっているんだ。」



 先輩は、彼の父親のような表情を浮かべた。



「僕も佐藤選手と母親がもう1度出会えることを願っています。」



 こうして僕と先輩は、佐藤選手の母親探しを始めることになった。

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