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謎の男の出現

「佐藤選手、来シーズンは、出ないつもりなのかもな」


 奥のテーブルに肘を突きながら、椅子にドンっと腰掛けた編集長が如月に話しかけてきた。


 世界選手権が終わり、フィギュアスケートもシーズンオフに突入していた。


 如月らフィギュアスケート担当記者は、本社へと戻り、次のシーズンに向け、準備を始めていた。


 シーズンオフに引退を表明する選手も多く、佐藤選手の動向について注目が集まっていた。


「やはりそう思われます?」


 いつも如月に説教ばかりする編集長が如月に仕事の話をしてきてくれた。その事実が嬉しかった如月は、つい口角が上がってしまった。


「今まで現役続行しますと言ってきた彼が初めて考えますと言ったのが気になったな」


「僕も気になりました。もしかしたら引退も考えているのかもしれません」


 世界選手権で見事優勝を果たした佐藤選手。長年共に歩んできた青木選手は、世界選手権銅メダル獲得後、引退を表明した。そのため彼も引退するのではないかと様々な媒体で予想されていた。


 だが未だに彼は、引退を発表していない。もしかしたら彼は、母親と再会するという夢を諦めていないのかもしれない。


 僕と後藤先輩は、あの日以来ずっと彼の母親について調べていた。分かったことは、海外に在住しているかもしれない。この情報のみだった。


 海外は、あまりに広すぎる。彼のためにも早く情報を…僕は、内心焦っていた。


 そんなことを考えていると、青いスーツに尖った革靴を履いた爽やかな30代ぐらいの男性が部屋に入ってきた。


「私は、それよりも佐藤選手が母親について話したことが驚きましたね!」


「お!渡辺記者じゃないか!」


 編集長に渡辺と呼ばれるこの男は、本社では全く見たことがない人物だった。


「週刊誌の記者である君がなぜ新聞社にいるんだ?」


「次に書く記事の調査に来たんですよ。」


「そうか。仕事熱心だね、君も。」


「あの!佐藤選手は、あまりお母さんのことについて話さないって言うのは、本当ですか?」


 週刊誌記者であるこの男が言っていた言葉が気になって仕方がなかった如月は、気づくと2人の会話を遮っていたのだ。


「そうだな。僕の記憶が正しければ、母親の話を聞いたのは、世界ジュニアが最後だった気がする。」


 コーヒーを入れに行っていた山田先輩が僕たちの会話を聞き、答えてくれた。


 世界ジュニアといえば、佐藤選手が母親と再会するはずだった場所だ。


 だが母親は、彼のことを迎えには来なかった。


 裏切られた気持ちになった彼は、それ以降メディアで話さなくなったということか。


「それからお母さんと会ったりしてるんですかね?」


 青いスーツの彼が如月が疑問に思っていたことを代弁してくれた。


「どうだろ?まず母親がどこにいるか佐藤選手は、知らないと思う。」


 山田先輩は、そう言いながら、コーヒーを渡辺記者の前にも置いた。


「そうなんですか?」


渡辺記者は、驚いたような様子だった。


「どうしたんだ?」


「佐藤選手は、あまりアメリカの試合に出場していませんよね?」


「たしかにそう言われれば、そうだな。だけど、それがどうしたんだ?」


「いえ…少し気になっただけです。それでは僕は、仕事に戻ります」


渡辺記者は、何故だか焦ったような様子で走り去って行った。


「アイツ、どうしたんだ?」

「仕事でも思い出したんじゃないか?」


僕は、この時気付かなかったんだ。この時の出来事があんなことを引き起こしてしまうことなど。


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