すれ違う私たち
「りさ!」
衣装の上にスポンサーロゴ入りのパーカーを着た彼女の後ろ姿に呼びかけた。
「舞斗…」
すると、彼女は、僕と目を合わせずに僕の足元を見ながら僕の名前を呼んだ。
彼女にどんな言葉をかけることが正解なのだろう?
こんな僕が今の彼女にどんな言葉をかけても嫌味になってしまうのではないか。
そんな気さえしていた。
「競技に復帰したんだな…」
考え抜いた末にでてきた言葉がこれだった。オリンピック優勝後、アイスリンクで何度か見かけたが、言葉を交わしていなかった。こうやって面と向かって目を合わすのは、いつぶりだろうか?
「復帰は、できたんだけど、思うようにジャンプが跳べなくなっちゃってさ。ほんとに情けないよね。」
「いやそんなことないよ。」
彼女の言葉に息を吸う間もなく、言葉を発していた。彼女は、僕よりも常に自分に自信を持っている人間だった。そんな彼女からネガティブなワードが次々と出てくるのだ。彼女をそうしてしまったのは、何なのだろうか?
「4年前からずっとオリンピックの為に練習頑張ってきたの。なのにこんな結果になるなんて。」
「仕方ないだろ。もう一度頑張ればいいんだよ。」
僕のこの言葉がどうやら彼女の怒りに火をつけてしまったようだった。彼女は、唇を噛み締めながら拳を握り締めながら勢い良く言い放った。
「もう一度って4年後はもう私は27歳。若い選手も台頭してくる。オリンピックを目指すなら今回がラストチャンスだったの…」
彼女は、僕を睨みつけた。
僕は、彼女を励まそうと、
「オリンピックだけが全てじゃないよ。また来年の世界選手権の為に頑張ればいいんだよ。」
と言葉をかけた。
「舞斗はいいじゃない!19歳でオリンピックで金メダル、23歳で2度目の金メダルを獲得した。私の気持ちなんて分からない。」
そうだ。彼女の言う通りだった。
彼女にかけた言葉が悪かったのではない。僕がどんな言葉を彼女にかけても、今の彼女にとっては、全てが嫌味に聞こえてしまう。
彼女が落ち込んでいる時に1番の理解者になれない自分が憎い。いつからこうなってしまったのだろう。
僕らは、8歳の頃からずっと一緒だった。悲しい時も嬉しい時も同じ気持ちを共有してきたのだ。
「でも8歳の頃からずっと一緒に頑張ってきただろ。お前のことは俺が1番分かってるつもりなんだ。」
気づいたら僕は、彼女にそう言っていた。とにかくそう思いたかったのだと思う。
すると、彼女は、ため息をついた。言わないでおこうと思っていたことを今から言おうとしているのだ。僕は、そんなような予感がした。
「舞斗は、ずっと側にいたってよく言うけど、私は、あなたのことずっと遠くに感じていたの。」
僕がオリンピックチャンピオンになってから1番良く言われた言葉だった。
「私のことを1番理解してくれているのは、舞斗なのに、舞斗のことをよく知ってる人は、この世にたくさんいるの。」
彼女は、これまで言いたくても言えなかった僕に対する不満を全部吐き出したようだった。彼女は、スッキリしたような言ってしまった後悔を感じているような良く分からない表情を浮かべた。
「ごめん。こんな話をしようと思った訳じゃないの。忘れて。今の話。ごめん。舞斗。私今何を言われてもマイナスに捉えてしまうみたい。」
そう言って前髪をグシャグシャにしながら走り去ってしまった。
「おい。待てよ。りさ!」
僕は、彼女のパーカーの袖先を掴んだ。
「お願いだから1人にして。」
彼女は、僕の手を追い払い、走り去ってしまった。控室前の廊下に取り残された僕は、電車に乗り遅れてしまいホームに取り残されたような孤独感を感じた。




