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いつまでも成し遂げられない夢


「佐藤選手の得点、290.58。最終順位は、1位です」


 僕の得点が会場内にアナウンスされた瞬間、そこにいたすべての観客が立ち上がった。


 そして実況席に座っていたアナウンサーや実況者も立ち上がり、大声をあげていた。


 隣に座っていた鬼塚コーチも僕が潰れてしまうのではないかという程強く抱きしめた。


「ま、まいと!!!」


「せ、せんせい…」


 彼女は、僕の身体を抱きしめながら、首に身につけていたブランド品のストールで涙を拭いた。


 彼女に褒められのは、いつぶりだろうか。思い出せない程昔のように思える。


 そしてキスアンドクライと呼ばれる得点を待つ場所を後にした僕は、インタビューエリアへと向かった。


 その道中である控室前の廊下を歩いていると、これまで切磋琢磨してきた選手たちが多くの言葉をかけてくれた。


「君はクレイジーだね」

「君には、一生勝てないよ」

「マ・イ・ト!マ・イ・ト!」

 

海外の選手たちが奇声とも言えるような音量で叫びながら僕に花束やタスキ、よく分からない被り物まで被せてくれた。


「ハハハッ」

「マイト、最高だよ!!!」


 彼らは、笑いながら僕にスマホを向けた。僕は、期待に応えるように変なポーズをした。その様子を見ていた他の選手たちも次第に集まって来た。


「写真撮ってください。」

「ずっと憧れていました。」

「僕もオリンピックチャンピョンになります。」


 僕は、求められた全ての写真撮影に応えた。


 一緒に写真を撮った選手の中にチャンピョンが輩出されることを心の底から願った。


「君が次のチャンピョンになることを期待しているよ」


 これ以上の幸せは、ないだろう。こんなにも多くの人々が祝福の言葉をかけてくれた。もうこのまま引退しても何の悔いも残らないだろう。それ程の幸福感だ。


 だが、この時の僕の心中は、正直穏やかではなかったのだ。僕の心の浅いところでは喜びを感じていたが、僕の心の深いところが何故か納得していなかったのだ。


「佐藤選手、オリンピック2連覇おめでとうございます」


 インタビューエリアにつくと、記者の方も僕の偉業を讃えてくれた。


 その記者の言葉で僕は、実感したのだ。長年の夢であるオリンピック2連覇を成し遂げてしまったことを。 


 その記者曰く、フィギュアスケートという競技でオリンピック2連覇を果たすのは、66年ぶりだそうだ。


 だが正直に言うと、僕にとっては、そんなことは、どうでも良かったのだ。


 そんな僕の気持ちとは裏腹に僕の周りを囲う記者たちは、興奮気味の様子だった。


 そんな中、ある記者が冷静に僕への疑問を投げかけてきた。


「佐藤選手、今後の進退についてお聞かせ願います」


 僕がこれまでフィギュアスケートを続けてきたのは、オリンピック2連覇を果たすという夢を叶えるためだった。


 その夢を果たした今、引退するのではないかと記者たちは、予想しているのだ。


「そうですね。今のところオリンピック後も選手を続けようと思います。まだまだ滑れる限り、皆さんの前で全力を尽くしたいと思います」


 僕の言葉に記者席は、ザワザワとし始めた。そしてさっきの記者は、また冷静に僕にこう尋ねてきたのだ。


「その言葉を全国民が待っていました。私もその言葉を聞けて嬉しいです。最後に佐藤選手の今後の目標についてお聞かせ願います」


 その言葉に僕は、黙り込んでしまった。


 僕の最大の目標は、未だ成し遂げられていないからである。


 オリンピック2連覇という夢を果たしても僕の最大の夢は、叶わなかった。


 これから僕が競技を続けている意味は、あるのか。


 続けていることで僕が追い求めているものは、手に入るのか。


 僕は、答えのでない問いかけを自分自身に訴えたのだ。

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