8・きたねえ景色・・・。
「・・・死・・・神・・・?」
信じられない・・・という風に思っているのだろう。
何せ目の前に真っ黒で大きな翼をはやした痛い変人が大きな鎌をもって自分の祖父の病室の前で突っ立っているのだ。
僕がそんな状況に出くわしたら恐怖で腰を抜かして2、3日はここにいる羽目になるだろう。
動揺と恐怖、両方が混じったひきつった表情を彼女は僕に向けた。
そんな顔を向けられてショックだった。
しかし、この状況が信じられないのは僕も同じだった。
「え・・・今、死神って・・・」
「し・・・死神なんでしょう?この間も駅のホームに飛び込んだ人が電車に突き飛ばされる前に鎌で殺してたし・・・」
どうやら本当に僕のことが見えているらしい。死神が見える人間なんて聞いたことがない。
だが、神話だとか他にも様々な類で死神が取り上げられていることを考えれば、これまでにも死神が見える人間がいた可能性はある。
もしかしたら悪魔だとか、天使だとかも死神から連想された者なのかもしれない。
彼女はしばらく動揺していたが、死神である僕がここにいることが何を意味するかを徐々に理解していった。
「・・・おじいちゃんは・・・おじいちゃんはどこですか?・・・」
恐怖で震えていたその声は、僕に対してではなく祖父の安否に対して向けられていた。
「・・・ごめん・・・」
「え?」
言わなければ・・・僕が、彼女が来る前に、彼女の祖父を殺してしまったと。
申し訳なかったと。
僕は悔しさと無力さを思いっきり噛み締めて言う。
「ごめん・・・おじいさんの寿命が来て・・・僕が・・・殺したんだ」
彼女は僕の方をきょとんと見つめた。その眼からは涙が徐々にこぼれていった。
「・・・・・・」
彼女は泣き顔を見られないよう顔を手で覆った。
覆われた手の向こうで歯を食いしばりながら、震えた声で彼女は呟く。
「もうちょっと・・・待っててくれても良かったじゃん・・・おじいちゃん」
彼女の言葉は、子供ゆえの我儘のようなものだったのだろう。彼女が来ることを知らなかった僕にはどうすることもできなかったのだから。
だが、その発言を聞いた僕はとてつもなくつらい気持ちになった。それは僕もまた子供だからなのだろう。
だから分かる。ほんの小さな希望くらい、叶えてくれよというその気持ちが。
「・・・ごめん・・・なさい・・・」
これしか、言うことができない。これしかない。言えることが、思いつかない。
しかし彼女から帰ってきた言葉に、僕は救われることになる。
「・・・いや、ごめん・・・」
彼女は涙で濡れた顔をハンカチで拭う。
そして、無理やり笑顔を作ってこう言った。
「ありがとう」
「え・・・何で・・・」
彼女がそういった理由が理解できなかった。
彼女の祖父を殺した僕に言う言葉がありがとう。こういう状況ではお前が死んでしまえばいいのになんて言葉が妥当のはずだ。
言ってしまえば僕は彼女の祖父の仇なのだから。
「な・・・なんで・・・」
「だって、電車にはねられる前にあの男の人を殺したのは、きっと死ぬ時苦しまないようにするためなんでしょ?」
図星だった。
そして、僕が忘れかけていた、この仕事の意味。
「・・・・・・」
「あなたが怪物にボロボロにされてるのも見てた。きっと、おじいちゃんの事も、そうやって身を粉にして楽にしてくれたんだよね・・・」
「・・・・・・」
「だから・・・ありがとう・・・」
その言葉を聞いた瞬間、僕の内側に、またあの暖かくて優しい感情が巡った。そしてその感情は僕の眼がしらの方まで巡ってくる。
僕はまた、泣いていた。声に出して泣いていた。
彼女が歯を食いしばって声を出すのをこらえていたのに、思いっきり大声で、赤ちゃんみたいに泣いていた。
でも、しょうがないじゃないか。
だって僕は、その言葉に、
救われたのだから。
だから僕も、この暖かい感情を、言葉で返そう。
「・・・ありがとう・・・」
「え?」
「ごめん・・・君の・・・その言葉が・・・嬉しくて・・・」
「いや・・・私なんか・・・私なんか・・・」
彼女の顔は一瞬曇った。しかし、その曇った表情は涙でゆがんで僕にはよく見えなかった。
「・・・ずっと、死神なんて・・・人を殺して自分も傷つく最低な仕事だと思ってた・・・でも、そうじゃないかもって、初めて・・・思えた・・・ごめん・・・ごめん・・・」
今沸き起こる感情を、言葉にしてちゃんと返すことができた。
「ありがとう・・・」
そう言いながらうつむいて泣き続ける僕の目に、彼女は優しい眼差しを向けて僕の名前を聞いてくれた。
「死神さんさ、名前なんて言うの?私はあかね」
「・・・クロ・・・です・・・」
「クロ君・・・また・・・会おうね」
きっと、この言葉を言われた時の僕の顔は、恥ずかしいくらい良い笑顔だったのだろう。
人にそんなことを言われるなんて、思いもしなかったから。
「・・・うん!本当に・・・会えるといいね・・・」
彼女はその言葉を聞いて、ふっと微笑んだ。
・・・惚れそうだ。
「それじゃあ、私、おじいちゃんにお別れ行ってくるから・・・」
「・・・うん・・・」
彼女は階段の方え向き直ると、もう一度病室のドアから顔をのぞかせる。
「あ、明日・・・中央公園に、朝6時に来てくれない?」
「・・・え、何で・・・」
「また会おうって言ったでしょ?」
僕はまた、恥ずかしいくらいの笑顔で返した。
「・・・うん!」
僕の返事を聞くと、彼女は足早に階段を駆け下りていった。
病院の窓から僕も外に出て、死神界におじいさんの魂を届けようとした時だった。
「・・・!?」
僕の足元には、美しいカラフルな明りが、ぽつぽつと隊列を組んでどこまでもどこまでも、この真っ暗な闇の中を美しく照らしていた。
こんな、素晴らしい景色を特等席で見ることができるのなら、この明かりの中にいる一人一人の、思いに報いることができるのなら。
死神も・・・悪くないのかな・・・
僕はなんだか嬉しくて、今思った率直な感想を声に出していってみた。
「良い景色だなぁ・・・」
※
東京の街にそびえたつスカイツリーの頂点に誰かが座っている。
白い羽をもち、Ⅴiと書かれた仮面をつけたその小柄な少年は、そこから眺める東京の夜景を見てつぶやいた。
「きたねえ景色・・・」