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赤と死神の黒。  作者: 三月
死神のクロ
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4・殺したいと思った。

 真っ黒によどんでいる。三途の川も、僕の気分も。そして、この先の僕の、死神としての人生も。


「なあ、ずっとそこで三途の川を眺めてるつもりか?」


 気まずいのか、ワイトは三途の川を眺めている僕の背後から、少し距離を置いて語りかけた。


「……」


「あの人の魂を三途の川に流してから、もう2時間もずっとそこで眺めてるじゃないか。もう十分だよ。やるべきことを、クロはちゃんとやったさ」


 そうじゃない。やるべきこととか、責任感とか、僕はそんな大した事を背負って悩むような奴じゃない。


 死神のくせに、人を殺すことが怖いだけの小物だ。


 全てを見た、あの走馬灯で。彼らの思いや未練。その人の主観。楽しさ、嬉しさ、愛しさ、辛さ、痛み、悲しみ、憎しみ。全てがダイレクトに伝わってくる。


 僕は、彼の全てを知った。もう、赤の他人とは思えない。


 これからも、人を殺すたびにこの走馬灯を見なければいけない。


 それは、辛いんだよ……僕が。


 そして、それが甘えだってことも、自分で良く分かっている。


「……」


「分かった……人にはペースってもんがあるからなお前のペースで無理なくやるのが一番だよな」


 そういってもらえるのは本当にありがたいし、ワイトは本当に優しいやつなんだと心底思う。


 でも、今はその優しい言葉ですらも、僕にとっては苦しいんだ。


「……ほっといて……ください……」


 ああ、言いたくないのに、こういうことを言ってしまう。


 ゆがんだ僕の顔を映した三途の川が分裂し、枝となってどこかへ伸びていく。


「待ってるからな、俺は」


 ワイトはそう言って、枝の伸びた方向に飛び立って行った。


 三途の川を眺めている間ずっと、僕の頭にはぐるぐると、考えたくもない思考ばかりがめぐっていた。


 止めようとしても、止められない。


  死神は人を殺すために存在している。死神が、寿命が来た人の魂を三途の川に流す。


 そうしてこの世界は回っているというのに、僕がその歯車の一員になれば、美しく回る世界の循環を乱してしまうのではないか。


欠陥品に存在価値など……ないのではないか。


何人もの女性を嘘の愛でだましてきたあの人が唯一愛したあの女の人はきっと、あの人が死んで悲しんでいるだろう。


 愛する人を失って、胸が引き裂かれるような思いを抱きながら、これからは只々、彼との思い出を時間の中に、少しずつ捨てて、忘れていかなければならないのだから。


……あの人は今、何をしているんだろう。


僕はあの詐欺師の男の走馬灯を思い出し、初めてあの女の人と出会った喫茶店へと足を運んでみることにした。


今の僕にやることなど、これくらいしかない。





 都内の街のはずれにある、こじゃれた喫茶店。


 昼飯時で賑わっている、あわただしい向かいのレストランとは違い、数人がちらほらと、ランチタイムに落ち着いた食事を食べながら、のんびりコーヒーをすする音が響き渡る程度だ。


「ここのコーヒー美味しいんだよね。人もあまり少ないし、落ち着けるし、あたしのお気に入りの場所なの」


質素なこの店の雰囲気には似つかわしくない、やけにブランド品や高そうなネックレスを付けた女性が、ボーイッシュな服装を着た友人の女性と談笑している。


「ねえ、そんなほわほわ喋ってるけど、あんた大丈夫なの?」


 友人の女性は、険しい顔をして彼女を見つめる。


 ……


「大丈夫って何が?」


 机の上に置いてあるコーヒーには目もくれず、きっちりと、彼女の顔を見て語り掛ける友人の女性に対し、当の本人は、もりもりにトッピングされたコーヒーを優雅にすすっている。


「だから……その、あんたの彼氏ほら……亡くなったって……」


 言葉をこもらせ、彼女の様子をうかがいながら話題をふる。


 ……


「あー、あの人ね、あたしにいろんなもの買ってくれたの」


 正義感の強い友人は、彼女の為に必死に怒りを抑え、唇をかみしめてに睨む。


 ……


「……あんた、まだ男から金貢いでもらってたの?」


 友人のきつい質問にも、彼女は特に何も思っていないようで、飄々とコーヒーを飲み続ける。


  ……


「うん、だって純粋そうに振舞ってたらいろんなもの買ってくれるんだもん。働くより何倍もマシ。遊んでお金がもらえるなんて、最高じゃない?」


 ……


「あの人良い人そうだったじゃん、お墓参りくらい行ってあげなよ……」


「でも多分、あの人もあたしと同じようなことしてる人だと思う。全然家とかに上がらしてくれないし。最初の方はあたしのお金狙ってたっぽいし・・・しかも詐欺引っ掛けた女に突き飛ばされて死んだらしいじゃん」


 友人は彼女への失望感を感じながらも、何とか説得しようと最後の優しさと、彼女を止めるための勇気を振り絞る。


……


「……あんたさ、そういうのもうやめなよ。小さいころからの仲だし……そろそろまともに生きて欲しいって思うんだよ。あたし仕事紹介するから……」


ドン!


 と、わざと大きな音を立てて、威嚇するように飲んでいたコーヒーを置いた。


 そして彼女は、せっかくの友人の暖かい情のまなざしを、鋭く冷たい目つきで返した。


「ねえ、なんであたしが悪いみたいになってんの? 別にあの人が死んだのあたしのせいじゃないし、自分が詐欺にかけた女に突き飛ばされて死んだんだし、それってさあ」


 ……


「自業自得じゃない?あたし悪くなくない?」


 ……その言葉を聞いた瞬間、僕は初めて、人を殺したいと思った。




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