2・哀れみに近い情。
「ああ、きみといるとなんだか安心するよ」
柔らかな声色でそう話すこの青年は、朝の通勤ラッシュでスーツ姿の男があふれているこの駅のホームの最前列で、悠長に女と連絡を取っていた。
「いやそんなことないよ、だって君と会いたいから今日会社休んできたんだよ?」
忙しない足音しか聞こえないこの場所でそんな言葉を吐き散らすので、2列後ろでスマホをいじっている女子高生にまで会話の内容は完全に丸聞こえだ。
(リア充め)と、女子高生は心の中で呟くと、またスマホの画面に目を落とす。
「君のことを愛してるよ」
そんな気恥しい言葉は、ものすごい轟音を立てて駅のホームに入ってきた電車の音にかき消されていく。
その轟音に合わせてやってくる女がいた。
「噓つき・・・」
歯ぎしりをしながらそう呟くこの女。
ホームの最前列で惚気でいる男を見つけるや否や、ゆっくりと男の方へ向かって行く。
最初に異変に気付いたのは先ほどの女子高生だった。
後ろから迫りくる異様な気配を背中で感じて振り向くと、ブランド物に身を包んだ女性が目に涙を浮かべながら女子高生の隣を横切った。
(怖っ・・・かかわらないようにしよ)
そう思い再び女子高生がスマホに目を落とした時。
ドン
という鈍い音と共に、先ほど彼女の隣を横切った女性によって男は電車の目の前に突き飛ばされた。
迫りくる電車を目の前に男は恐怖の顔を浮かべる時間すらない。
男が今にも電車に跳ね飛ばされるその瞬間。
男の胸に真っ黒な木の枝のようなものが刺さった。
「今だ!クロ!」
という叫び声と共に、女子高生の横を少年が横切った。
翼を生やしたその少年は、矢継ぎ早に電車の前に浮き上がっている男に近づくと、右手に持っている巨大な鎌をその男の胸に突き刺した。
「うっ」
鎌を突き刺した男の胸からまばゆい光が溢れ出し、クロと呼ばれるその少年は光にのまれていった。
(なんだこの光は・・・)
その瞬間、そのクロの頭の中に映画のように大量の映像が流れ始めた。
(これが・・・走馬灯)
クロは先ほどワイトから聞いていたこの事象について理解すると、続けてクロの頭の中に声が響き始めた。
※走馬灯※
(世の中金がすべてだ)
突き飛ばされた男の声がそう頭の中で呟くと、その男の声は贅沢に映像付きで彼の人生を振り返り始める。
(別に初めからそんなひねくれた考えをしていたわけじゃない。
大人たちが巨大な箸を使って何かを箱に入れている光景を、少年の頃の俺は何をしているのかもわからずただ呆然とそれを眺めていた。
確か自分の会社が倒産したとか何とかで首を吊って大好きだった父親はあっけなく死んだ。
大人たちが箸で運んでいた何かは、父親の遺骨のことだったのだと後で知った。
子供だった俺が金の恐ろしさを知るには十分だった。いや、逆に子供の時に知ることができて良かったのかもしれない。大人だったとしたら更に金というものの恐ろしさに恐怖していただろう。何せ、金で人は死ぬのだから。
それから母さんは金を稼ぐ必要が出てきて、そばにいた家族はあっという間に俺の前から離れていった。
学校から帰ったらいつもおやつを作って待っててくれていた母さんも、父親がいなくなってからは毎日夜遅くにやつれた顔をして帰ってくる。
本当は遊んだりしたいのに、母さんはすぐ簡単な夕飯だけを作って小奇麗な服装に着替え、やけに厚めの化粧をしてからまた俺を置いて出て行ってしまう。
そんな母親の口癖が、お金さえあれば、・・・だった
いつからだっただろう、こんなことを始めたのは・・・動機もあまり覚えていない 何かの夢を追おうとして、それをかなえる為に・・・女から金を巻き上げ始めたんだ
今ではどんな夢だったのかも覚えていない
清潔感を出し、金をもってそうな雰囲気を醸し出していれば自然とそういう女が寄ってくる
毎日が楽しかった いろんな女と遊び放題、美味いものも食い放題だし、金にも全く困らない。
そんな生活を送っていた時、彼女と出会った。
・・・純粋な女だと思った騙しやすいと思った
だが、こいつはちゃんと俺を見てくれた。見てくれだけではない、こんな俺に本気で淡い恋愛などという愚かなことをしようとしていた馬鹿な奴だった。
俺はそんな純粋な馬鹿である彼女に、不覚にも惹かれてしまった。
今思えば、そんな彼女に惹かれてしまった俺の中にも、純粋で馬鹿な部分があったのかもしない。
だが彼女と一緒にいる純粋で馬鹿な時間は、汚い金に塗れた俺の心癒した。
俺は後悔している。女を騙したことじゃない。金に汚くなったことでもない、彼女に引かれたことをだ。そのせいで俺は死ぬ直前にこんな、こんな思いをしなければならないのだから。
そう言って後悔から逃げようとするが、それでもどうしても、彼女のことを思い出すたびに、俺はこう思ってしまう。
ああ、きっと俺もこんな風に馬鹿みたいに生きられたら楽しかかったんだろうなぁ・・・・・・。
ぁぁ・・・・・・・死にたくない。
走馬灯はそこで終わった。
様々な人を裏切ってきた彼の生き様は、決して良い物ではなかったはずなのに。
本当に彼が全て悪いのだろうか。もっとどうにかできたのではないのかと。
走馬灯を介して彼の人生を知ってしまった僕は、彼に対して哀れみに近い情を抱いてしまった。
「待っ・・・」
助けてあげたい。せっかく希望が見えてきた彼の人生が、こんなところで終わってほしくない。
そう思った僕の手を、死にゆく彼を助けようと必死に伸ばした。
そんな僕をあざ笑うように、虚しくも僕の手は彼の体をすり抜けていく。
まるで、僕には助ける資格がないと言われているように。
彼のことを助けることができないと僕が悟った次の瞬間
ゴシャッという鈍い音と共に、彼は無惨に電車に突き飛ばされた。
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