第一章 魔女の仮面をつけた悪魔 第十話 鏡の中の悪魔と天使
生きる意味って何んだろう
6年前の冬の16の時。初めて身体を売った。
その時、自分に、こう問いかけていた。
空気を吸って、水を飲んで、ご飯を食べて、オシッコして、ウンコして、笑って、泣いて、悲しんで、怒って、働いて、勉強して、セックスして、何のために人は生きてるのだろうって。
身体を売らなくても、これはだれでもが思春期に思うこと。でも、みんな、答えを出せないまま大人になって、やがて、そんなことはどうでもよくなって年を取って死んで行く。
すべての生き物は、子孫を残す為に交尾をする。
大昔から生き物は、変化する環境に適応する為に姿を変えて進化して来た。
それは、ただ種を残す為。自の遺伝子を残す為。それが出来たくなった種はこの地球上から消えていった。繁栄と絶滅。それは大昔から繰り返されて来たすべての生ける物に課せられた自然の摂理だ。その反面、ただ、快楽の為だけに交尾する事が出来るのは、この地球上で人間だけだ。それを、職業にしている私にとって、皮肉なことに、この人間の特性は、今では、無くてはならないものとなっている。
私は高校1年の時、家を出た。それは、学校でのイジメよりも母親から逃げるためだった。私の母親は、本音と建前を使い分ける世界で生きる魔女だった。冷淡で勝気な性格の彼女は何時も陰気で根暗でのろまな私を罵倒して暴力を振るった。
一日一食。その唯一の夕食も、調理の必要としないカップ麺や惣菜パンだった。
彼女が家にいない時は、夏はエアコンを消され、冬はストーブを消され、テレビを消され、冷蔵庫のドアにカギをかけられた。勿論、自由に使えるお金もない。でも、それに私は逆らえなかった。それは、逆らったら殺されると思い込んでいたからだ。
学校の先生に助けを求めても信じてはくれなかった。それは、彼女が先生に魔法をかけていたからだ。彼女は、友達にも魔法をかけた。魔法にかかった友達は根暗な私が言う、ホラー映画の様な虐待の話など、私の作り話だと思っていた。
家を出て最初に私に待ってのは、飢えだった。30キロそこそこの私のやせ細った身体が一層、軽くなって行った。働いてお金を稼ぎたかったが世間は家出少女には冷たかった。
そんなある日。私は、悪魔と出会った。その悪魔は、公園のベンチで寝ていた私に、優しい言葉をかけてくれた。頭を剃り上げてジャラジャラと金のネックレスを首からかけた、見るからにあっち系の男の姿をしていたが、意外と優しい男だった。ご飯を食べさせてくれて、私の話を真剣に聞いてくれて慰めてくれた。不思議とこの時は、この男には何でも話すことが出来て安らぎを感じていた。事情を話したら、その男はバイトを紹介してくれると言うので喜んでついて行ったら、そこは風俗だった。風俗と言っても表ではなく裏の店。正義のヒーローなんていない、世の中はこんなものか。と、その時私は悟った。もう、私にはこの仕事をするしか生きて行くことが出来ない。私と同じぐらいの年頃の女の子たちとの共同生活。ここにいたら、取り合えず飢えることはないし、なによりもお風呂を入れるし布団で寝ることが出来る。世間から隔離されて育てられて生きて来た16歳の私は、その時、そう考えることしか出来なかっし、耐えられると言った根拠がない自信もあった。そして、不特定多数の男達を相手にして行く内に、普通の16歳の女の子がする恋愛や遊びが出来なくなって行った。肉体と心を削るその生活は、想像してたよりも遥かに甘いものではなかった。
そして、私に次に待っていたのは薬物だった。それは、地獄を天国に変えてくれる魔法の薬だった。私は、その偽物の天国へ行くお金を稼ぐ為に身体を売り続けた。これが、悪魔のスパイラルだった。そこにいた女の子達もみんなその餌食になっていた。私は心も体も汚れきった。でも、男達は、私がいくら汚れようが、むさぼるのを止めてくれなかった。繁殖の為ではなく、ただ快感の為だけに私は抱かれ続けた。リストカット、飛び降り、薬、何度も死のうと思った。でも、死ねなかった。
ある日。この地獄のループに耐えきれなくなった私は、悪魔の目を盗んで家に帰った。
それは、1年ぶりの家だった。前は地獄だったが、不思議とその時は天国にも感じた。
「ただいま」
魔女は、私を見てこう言った。
「何で 帰って来たの?」
彼女が指差したのは、ピンク色に輝いたガラス張りの部屋だった。
私と彼女は、偽物のシンデレラ城の薄暗い廊下を無言で歩いて、血の色にも似た赤い分厚い扉の前に立った。
彼女は、うつむいたままだった。
「大丈夫?」
ゆっくりと彼女がうなずた。
ドアを開ける私の手が震えた。
もう、数え切れないほどやったこの動作だったが、それは経験だった。
大きな鏡に囲まれた大きなベット。
この部屋でいったいどれだけの男と女がむさぼり合ったのだろう。
真実の愛、偽りの愛、売る愛、買う愛、略奪の愛。
大きな鏡に映った私と彼女の顔。
「似てるかな?」
「鼻は?」
「目は?」
「耳は?」
「口は?」
「手は?」
「足は?」
半分姉妹の私達は、お互いに似てる何かを確かめ合った。
「服 脱いで」
「えっ!?」
「見たいの・・・」
また、ケイは、うつむいた。
「恥ずかしい?」
彼女は、微かに首を横に振って、ブラウスのボタンに手をかけた。
私もボタンに手をかけた。
鏡に映った、私の汚れた悪魔の身体とケイの無垢な天使の身体。
それは、似ていなくて当たり前だった
「似てるかな?」
私は、思い切って彼女に尋ねた。
「半分 似てる」
「半分? ありがとう」
「ありがとうって?」
私の汚れ切った身体を、半分でも無垢の天使の身体と似ていると言ってくれた事が、本当に嬉しかった。
と、私は彼女の目の前に右手を差し出した。
「これ リストカットの跡」
私の細い色白の手首には薄っすらと細い傷跡があった。
「16の時 初めて死のうと思ったの」
「私も・・・」
「えっ?」
と、彼女も私の目の前に右手を差し出した。
「同じところに、傷あるね」
金持ちのお嬢様の彼女がどうして・・・
さすがの私も、彼女に返す言葉が見つからなかった。
すると、彼女の瞳から一粒の涙が零れ落ちて、彼女は左手の人差し指を右手の手首に当てて、まるで、人格が変わったかの様にこう叫んだ。
「こうやって 何度も 何度も 切りかけたんだけど 死ねなかったの! こうやって 何度も 何度も!」
「もう いいよ! もう いいよ!」
と、気がついたら、私は、彼女を抱き締めていた・
「もう いいよ もう いいよ・・・」
鏡の中の裸で抱き合った悪魔と天使は、心で愛を確かめようとしていた。