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アイとケイ、そしてエル(改)  作者: 日尾昌之
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第一章 魔女の仮面をつけた悪魔  第一話 天使の囁き

氷の中の冷たい世界。

彼女は私の前に突然現れた。


ここは、魔女の国のクラブ。

クラブと言っても音楽とダンスと薬物の巣窟ではない。ここは、男の性欲と女の金銭欲が渦巻く冷たい世界。


私は、エル。

アルファベットの名前を持つ。

ここで、男に魔法にかけて生きている魔女。

その人は、その日から来たピアニストだった。

高級と呼ばれるクラブでは、BGMは有線ではなく、ピアニストが弾く生のピアノ演奏。でも、幾らそのピアノの音が心に響いても、殆どの男達はそれに耳を傾けない。

耳を傾けるのは、魔女の呪文。


その人の指先は、まるで冷凍保存されていたモーツァルトが、この氷河期に蘇ったように鍵盤の上を乾いた音とともに動いていた。

「エルです 宜しくお願いします」

その人は、微笑んだ。

その微笑みは、まるで、氷のようだった。

それはグラスの中で、ゆっくりと溶け行く氷ではなく、極寒の湖にピンと張った固い氷。

その微笑みは、その湖の下に広がっている深く暗い世界を想像させてくれた。

よく人は、ここを眠らない街と呼ぶ。深夜、私が魔女から生身の人間に戻っても、ここは、七色、いや十二色、いや、二十四色の煌めく色で輝いていた。その中で、コツコツとその人のヒールの足音が響いていた。私は、思いきって、そのスレンダーな後姿に声を掛けた。

「あのー 帰る方向、こっちですか?」 

その人が振り向いた。弱い冷たい風を感じてゾクッとした。

「私もなんです ピアノ上手ですね」

その人は、右手を挙げた。すると、頭に灯りのついた馬車が止まった。

「何だ・・・ タクシー 乗っちゃうんだ お疲れ様でした!」

その人を、乗せた馬車は、二十四色の眠らない街に消えて行った。


歓楽街のドラッグストアの生理用品売り場。

ここに、男が居ることは珍しくはない。

それは、魔女達に稼いで貰って生きている男達だ。その魔女達が、突然、血を流す事など日常茶飯事なのだ。やけにその日は、男が多かった。満月だろうか。

女の生理を英語でピリオドと言うらしい。

女は月の一度、血を流す代償としてピリオドを打てる。それが男と違うところ。ピリオドを打てない出しっぱなしの男は、やがて枯れて行く。


私は悲鳴の様な喘ぎ声を出すのが好き。

その夜も私達の馬小屋から、その私の喘ぎ声が響いていた。その声は、イエスの産声ではなく、魔女の叫び。

「痛い・・・痛い・・・痛い!」

水飲み場の排水口に真っ赤な鮮血が渦を巻いていた。流させたのは、私の寄生虫。

彼の名前は、ジェイ。

彼もアルファベットの名前を持つ。

彼の裸体は色白く、あばら骨がむき出しで腕や足も細く鉛筆を折る力さえあればポキリと折れそうだ。その病的な身体で抱き締められるとまるで骸骨に愛されいている幻覚を見る事が出来る。それが、私の快感だ。

「ねえ? ピアノって弾いた事ある?」

「ピアノ? 何だよ それ」

彼は、自分の体より分厚い真っ白なバスタオルを身にまとってソファーに寝転んだ。

「何でもない・・・ ただ、聞いてみただけ」

「変なの」

「で、最近どうよ」

「どうよって?」

何時も私は肉体をむさぼり合った後の火照った身体を冷やす為、氷を噛むのが習慣になっていた。私は、バリバリと氷を噛む鳥肌が立つ音を出すのが好きだ。

「何時も思うんだけどさ それ 歯にしみない?」

「しみるのが気持ちいいだよ」

「出た ドM!」

「私のそこが好きなんでしょ このドS男!太ももアザだらけだし!」

「いいじゃん 別に 人前で裸になるわけじゃないし」

どうやら、彼は、魔女の仮面をつけた悪魔を知らない様だった。

「さぁ それは どうだか?」

「やってるんだ」

「やってるって?」

「枕営業・・・」

「ご想像にお任せします」

一瞬、彼の顔色が変わった。この時、ほんの少し彼の愛を感じた。

「で ちゃんと 指名 取れてんの?」

「ダメ 最近 暇でさ そろそろ 店 変えよっかな」

彼は、鉛筆の腕で私を抱き寄せて、何時もの決まり文句を口にして私を抱き寄せた。

「もう いいよ 俺が食わしてやる」

「何時もの?」

「えっ!?」

「お金ならないよ」

「えっー!」

「あんたさ そろそろ 飽きない?」

「飽きないって?」

「私に寄生するの」

まんざら彼も私から寄生虫と呼ばれるのも嫌いではなかったようだ。彼は、Sサイズの薄い服を素早く着ると。

「なかなか 面接 うかんなくってさ やっぱ カタギの仕事は無理なんかなぁー」と、無邪気に笑った。

「あんた 仕事 選んでるっしょ」

「うん 楽で金がいいとこ」

「バカ! 一生 仕事ないわ!」

「バカは生まれつきだから・・・店に戻るしかないのかなぁー」

「店に戻るって あんた 今度 戻ったら マジ 死ぬよ」

「・・・ 仕方ないなー この時計 売ろっかな」

彼は、けばけばしいイミテーションの宝石で彩られているの過去の栄光の腕時計を見てドアのノブに手を掛けた。

「ねえ?」

「えっ!?」

「何でもない」

「う うん・・・」

彼は、音もなく出て行った。


私は痛めつけられるのが好き。身体も心も。

だから、彼を寄生させてる。彼は、私の養分を吸って生きてる。そう思って、彼と交じり合うと薬物よりも強い刺激を感じる事が出来た。

病室の様な白い壁、音もない無機質な部屋。

私は、ボーと天井を眺めて、さっきの快感を思い出していた。

その時、魔女の国と繋がっている糸電話が鳴った。画面には、見られない数字。

「誰だろ・・・ 昨日の客? 番号 教えたっけな?」

思わず私は、これが、これから起こる不思議な出来事の分岐点とも知らずに電話に出てしまった。

「はい もしもし・・・」

「栗原絵流さんの携帯ですか?」

中年の男の声。やっぱり、酔って番号を教えてしまったのか。いや、覚えてない。

「あっ はい・・・」


欲にまみれた魔女達が集うお城の舞踏会に行く前の美容院。

それは、魔女のルーティーン。

見た目は、魔女の命。

その時の鏡に映る自分の顔は、魔女の仮面を外した悪魔の顔だった。

その電話は、3年前に死んだ母親が依頼していた弁護士からだった。どうやら、父親が死んだらしい。私は、生まれてから今まで父親と暮らしたことがなかった。

最後に会ったのは、確か夏。小学校のトイレで、ゴブリン達に、頭をはたかれ、お腹を蹴られ、頭から水をかけられいた暑い夏の頃。初めて痛みに快感を覚えた暑い夏の頃。

「それで お通夜なんですが 誠に 残念ですが ご家族のご希望でご遠慮して頂きたいとのことです」

顔も覚えてない男の通夜なんて興味もなかった。

「お葬式も密葬らしいので そちらの方もご遠慮下さい 後日 お別れの会があるとか そちらの方ならどうぞと」

勿論、悲しみなんて微塵もない。お別れの会って、誰にお別れするんだか。

「それから遺産相続の件で一度お会いしたいのですが」

その天使の囁きは、私を本当の悪魔へと変身させてくれた。

やっぱり、天使も悪魔の手先だった。

その悪魔の手先の天使は、私の目の前に、音も立てずスッと蜘蛛の糸を降ろした。


ピアノの音が止んで、その人が立ち上がた。

「お疲れ様です」

また、その人は、悪魔の顔をした私に微笑んだ。氷つくようなこの微笑みに私は、真冬の雪山で遭難して凍死する時に感じる快感を覚えていた。私の心を悶えさせてくれるこの人は、いったい、どんな人生を生きてきたのだろうか。

「あっ・・・」

私の心が感じた。

肉体を使わない快感。

心が絡み合う快感。

この人の前では、私はまだ処女だった。








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