夢を語ろうよ!
変声器。そうですね、そんなものがあれば、騙されている可能性はありますね。
某小学生探偵でなくとも、最近は音声ソフトの発展が目覚ましく、少女の声になるのも不可能ではありません。
私の批判的な感想から約30分、その間も綱渡りのようにメッセージを送りつつ、片手間でソプラノ少女型変声器まで準備したなら大したものです。仕事のできる悪人ですね。
もしそうでないと言うなら、電話の相手は、まごう事なき、ただの少女と言うことになります。
「初めまして、改めて阿部彩乃と申します。ペンネーム通り、彩って呼んでください。
あかぎ……、あかしろさん?」
「あかぎです」
「ああ、あかぎさん!本名は?」
「名乗りません」
「私は名乗ったのに……」
いや、勝手に自分から名乗っただけでしょう。被保護対象のJKは、人に冷たくされたことが無いのでしょうか。こちらからすれば、警戒は至極当然なのですが、電話を通して動揺が伝わってきます。
彼女の中では、自分がJKだと証明さえ出来れば、つまりは声さえ交わせば、両手を上げて迎え入れてくれると思っていたのでしょう。こちらからすれば、JKだろうがJ Jだろうが、怪しい人物に変わりないのですが。
なんだか、私が虐めているような気がしました。潮時ですね、さっさと切り上げる事にします。
「縁あってお電話することができ、大変光栄でした。では、特にご要件がないようでしたら、そろそろお別れを……」
「わー!事務的に切らないで!
要件あります!大事なお話です!!」
「しかし……」
「私、小説家になりたいんです!」
真っ直ぐな、情熱を込めた言葉は、不思議な力のこもった言霊のように、心の深くをえぐります。一切の羞恥も迷いもなく夢を語れるのは、これぞ若さの特権なのでしょう。
見ず知らずの私に、臆さず語ってくれた、彼女の勇気を讃え、私から精一杯の言葉を返すことにします。
「そう、頑張って!では、私はそろそろお暇を……」
「いや、だから手伝ってって!」
「なんで私が……」
「前に他の人の作品でお見かけしてました。
何故だか理由なくモテる男子校生のおかしな行動を、感想で避難して揉めてたでしょう?」
ああ、それは覚えています。先日筆を折った方ですね。
青春学園ものの投稿でしたが、彼女が言うように、幼馴染にも先輩にも後輩にも、ありとあらゆる女の登場人物にモテるモテる。
いわゆるハーレムものは、それなりに需要はあるもので、実際そこそこの人気を博してはおりました。現代、恋愛としては大したものです。
需要あるものを書くことは否定しません。そもそもハーレムがいいなんて層は、いざ複数と交際した際の心労をリアルには想像できない、『細かいことはいいんだよ!』で押し切る層でしょうし、求められるまま書くのは才能でしょう。
私が指摘したのは純粋に主人公の行動への違和感でした。「俺にそんな価値はないよ」が口ぐせ(この時点で3枚目臭がすごい、大分面白いキャラですが)の主人公が、後輩(女)をメロメロにして立ち去るシーンで、後輩(男)から激しい嫉妬の視線を背中で感じ、後輩(男)の密かな後輩(女)への恋心に気がつくと言った場面でした。
『俺の背中に注がれる、刺すような視線を避け、試しに一歩横っ飛びして振り返ってみると、やはり睨みと戸惑いの入り混じった、なんとも言えない情けない表情で、後輩(男)がこちらを見ていた。その時思ったんだ、ああ、こいつは恋をしていると』
感想、気になる点。『厨二病を拗らせたような決め台詞を恥ずかしげもなく言ってのけた後、学校の廊下にて立ち去るかと思いきや、いきなり横っ飛びして、クルリと体を反転させこちらを見やる主人公。そんな奇行見せられたら、誰だって戸惑いの表情で後ろ姿を追ってしまいますよ。
それとも、ナルシストな主人公が勘違いでモテモテと妄想している、一人称で描かれたギミックの効いた作品でしたでしょうか?』
……そんなこともありましたね。
「あの感想読んで、赤城さんなら、私のダメなところ畏憚なく指摘してくれると思ったんです」
「……、畏憚なんて難しい言葉よく知ってましたね?」
「女子高生馬鹿にしてます?」