辻レビュアー現る
最近は平和です。
彩さんがサロンに顔を出すようになってから、毎日のようにあったLINEや電話が極端に減りました。なるべく毎日更新する約束だった忘れたくないものリストも更新が途絶えており、もはや私が義理立てする理由も無くなりました。
考えてみれば、書き手は書き手から学ぶべきであって、私のように粗探しを得意とするだけの読み手は、一定の距離を取りつつ、有意義と判断した情報だけを切り抜きする関係がベストでしょう。
外野からのアドバイスなど、所詮は野次に毛が生えた程度の代物ですから。
別に強がってませんよ?後任ができたと、彩さんの成長を喜ばしく思いながら、とてもとても遠くから見守っていく所存です。せっかくだから、アカウント取り直しましょうかね。今度はなんて名前にしようかな。こっそりフェードアウトしても、一方的に私が非難されることはないでしょう。お互い縁がなかったと言うことで。
「などと言うことを、きいろ様の事だから考えているんじゃないかと、気が気ではなかったですよ!」
「エスパーですか?」
「考えてたんですね!
止むに止まれぬ事情で三日ほどネットに繋ぐ事すら出来なかったんですよ。サロンにも行ってません。
留守にしたことをこれから謝りに行くところですが、まずは嫌な予感がするきいろ様を抑えておこうと思いまして。
下手すれば今日にでもアカウント無くなるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」
「エスパーですか?」
「考えてたんですね!
もう、ただでさえヘトヘトで、お腹ペコペコでフラフラしてるのに、これ以上ハラハラさせないでください」
「オノマトペ多いですね」
止むに止まれぬ事情とやらはとんと存じ上げませんが、顔を出さなかったのは彩さんなのに、なぜか私が冷徹だのと罵られました。反論しても良いのですが、彩さんのことですので、私が拗ねてヘソを曲げたとか解釈されると癪ですので、大人の余裕を見せ聞き流すことにしました。
今は夜の9時ですが、お腹ペコペコって夕飯抜きでしょうか。以前送られてきた写真では十分細く見えましたけど。
「ダイエットでは無いんですけど、ご飯食べられないんです。
メロンパン食べたい」
「食べられない?食事制限とか?」
「わあ、初めてきいろ様が私に興味を持ってくれた気がします。
知りたいですか?あまり言いたくないですが、お願いされたなら、教えないこともないですよ」
「じゃあいいですー」
「そんな、どこぞのcmのようにあっさりと!
もっと私に興味持って!」
言いたいのか言いたくないのか、彩さんは何がしたいのでしょうか。別に頭下げるほど気になりはしないのでスルーでもいいのですが、どうせ訊かなかったら訊かなかったで拗ねるんだろうなと。
「寿司、焼肉、刺身、ハンバーグ、オムライス、ロコモコ、パスタ、ピザ、ラザニア……」
「わー!発狂しそうなほどお腹空いてるのに、きいろ様は鬼ですか!
明日全身麻酔だから、胃の中空っぽにしてるんです。
夕飯抜きどころか、三日前から食事制限あったのに最悪ですよ」
思ったより重い言葉返ってきました。全身麻酔って手術とかでするやつですよね。一度だけ経験ありますが、ふと意識を失い、次に目が覚めるのは何もかも終わった後というのは、なかなかの恐怖でした。
あれを彩さんは明日やると。いつも以上にテンションが高い訳ですね。受け止めきれない事案は、スルーに限ります。
「そう言えば、辻レビュアーが出たらしいですね。書き手の人たちはその話題で持ちきりですよ」
「きいろ様は、清々しいまでに、全身麻酔をスルーしますね。
もっと他人に興味持ちましょうよ。そんなんじゃ、一生お嫁にいけませんよ」
「彩さん?」
「あ、失言でした!今の世の中、未婚なんて珍しく無いですよね。
価値観もそれぞれ、前時代的な発言でした。お詫びします」
「いえ、そうではなく。私既婚者ですよ」
「嘘でしょ!え?え?電話してていいんですか?
旦那様もしかして迷惑してる?」
何も話してないのに、なぜ勝手に未婚設定になっているのでしょうか。甚だ心外です。
まあ、私自身、100回人生リセットしたら、90回くらいは未婚でありそうと思うほど、結婚したのが奇跡だと思ってますがね。
「海外に単身赴任中なんでお気遣いなく。この時間じゃ電話もありませんので」
「海外!それはお寂しい。きいろ様はついて行かなかったのですか?」
「うちの母と同じこと言いますね。私も仕事があるので」
「仕事!きいろ様はどんなお仕事なんです?」
「黙秘します」
「なんで?!じゃあ、教えっこしましょう!
何でも一つ質問に答えるって言うのは?」
「特に訊きたいもないので、結構です」
「無いですか?本当に無いですか?
結構でかいエサを撒いたつもりだったのですが……。
ところで、辻レビュアーってなんですか?」
なんだ、興味あったんですね。てっきり流されたかと思いました。