第弍話
サリエルは“黒の塔”の扉を押し開け中に入る。
中は広大な空間が広がりとても薄暗い。だが壁と柱に掛けられた数多の魔導ランプがフロアを照らしているので視界は確保することが可能だがその光量は灯りを消した部屋に暫らくのいると暗順応をしたとき程度の視界しか確保できないがサリエルはそんな歩行すらも困難なフロアの中でまるで夜闇の森で獲物を狩るフクロウの如く軽快な足取りで探索を開始する。
そんな人外じみた行動を可能にしているのはサリエルの異常なまでの超視力の賜物でありその視力は脅威の11.0である。
例えば地上ビル14階から地表を見下ろし、地面に立てて置かれたパスタの麺の数を数えられると同義だ。
「暗いけどまぁ、いっか!」
サリエルは場違いな花が咲いたような笑顔を浮かべ背中に携えた大剣クレイモアを全力で振り抜き柱ごと一刀両断する。
「グルゥアッ」
「ほら・・・・隠れてないで私と遊んでよ♪」
柱の影からは背中に深傷を負わされたスライム状の魔物“アメーバ”が姿を表す。
アメーバ
討伐ランク:A
あらゆる物理攻撃を無効化するスライム状の体を持ちその体液は強酸性でありその強さはピラニア酸に匹敵し捕まれば一瞬で溶解させられる。
だが、体内にはコアと呼ばれるものがあり其処が唯一無二の弱点であり急所
「グアッ」
サリエルの左右の柱の陰から5匹の黒い体毛を持った狼型の魔物ナイトメアウルフが奇襲を仕掛けるがサリエルは奇襲をボクサー顔負けのフットワークで回避し
「よっと」
「キャイン!」
回避際にクレイモアを高速で振りナイトメアウルフの胴体を真っ二つにしその勢いを余すことなく回転力に変換し続け様に3匹のナイトメアウルフの頭部を刈り取る。
「残りはあなた達二人だけだね」
「ヒュロロロロロロロ」
「グルルルルルルルルルルルル」
ナイトメアウルフ
討伐ランク:B+〜A
単体では強くなく容易に討伐が可能だが最低でも5匹現在確認されている群れでも100匹以上という大規模な群れを作り狩りを行うために熟練の冒険者でも苦戦する。
一人と二匹の間に生まれた静寂を切り裂いたのは新たなる刺客の乱入だった。
ガリィッ!
「臭い!」
アンデットだ
しかもこの塔で死亡した冒険者達が襲いかかってきたのだどれも動く屍とはいえA+からSランクまでの腕利き冒険者のアンデットなため一筋縄ではいかない。
ある方向からは暗器が飛びまた、ある方向からは魔法がサリエルを焼き尽くさんと言わんばかりの熱量で襲いかかる。
「フフフフフフフ・・・・・」
魔法が炸裂する音、火薬が破裂する音と硝煙の匂い、腐った肉の匂いが充満する広大な空間に薄ら笑いが起きる。
声の主はサリエルただ一人
サリエルには追い詰められていると言う感覚は塵の一つも無かった。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!ゲッホゲッホ!」
余りの高笑いにサリエルは噎せ返りその場に蹲るが魔物はその好機を逃さんと言わんばかりに強襲を仕掛けるが一瞬でその全てが斬り伏せられる。
「あ〜笑った笑ったよ〜♪さぁ、お遊戯はまだまだこれからだよ!」
サリエルは全身から強烈なまでのプレッシャーを放ちその整った顔には鬼が宿ったとしか思えない凶悪な笑みに塗りつぶされていた。
「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラァァァァァァォァァアアアアアアア!!」
◆
「あれ?もう終わりなの」
サリエルは死体の山の頂上に立っていた。
この死体の山を作るのに5分もかからなかったがサリエルにはちょっと羽目を外した程度の感覚であり暴れた内には入らないためサリエルの心には虚無感が立ち込めていた。
「上に行けば強いのがいるって聞いたことがあるから行ってみようかな」
サリエルのマッピングプレートは1階層とだけ表示されサリエルの軌跡を余すことなく記録していく。
サリエルはしばらくの探索の末に上へと続く階段を発見し流行る気持ちを爆発させ階段を駆け上がっていき突き当たりにある巨大な古い木製の扉を蹴破り中に入ると其処にはナイトメアウルフが所狭しと闊歩していたがサリエルはその中心に突撃し剣を振るい集団を肉片へと変貌させていった。
戦闘が終わり再び少しの虚無感を覚えると上を目指すという無限ループに陥ること半日。
時刻は午後12時を指し示していた。
そんな時刻になれば当然無尽蔵体力の持ち主であるサリエルにも空腹と言う限界がある。
サリエルは此処まで到達するのに通算200回以上の戦闘を乗り越えた影響もありハンガーノック寸前であった。
「ご飯♪ご飯♪」
サリエルは【魔法袋】から加熱式弁当を取り出す。
パッケージには東洋風牛すき焼き弁当と書かれている。
サリエルは弁当の横から飛び出た紐を引く
「おお!」
紐を引くと弁当から蒸気が吹き出し瞬く間に弁当が加熱される。
蒸気の排出がおわり中から弁当の本体を取り出して蓋を開けると程よく加熱され湯気を放つ牛肉と付け合わせの漬物がサリエルを出迎える。
「わー!美味しそういただきます!」
サリエルは同じギルドに所属する東洋出身の冒険者から教えてもらった箸の持ち方で弁当を食べる。
口に入れた瞬間、甘辛いすき焼きのタレの風味が口一杯に広がりそれの後を追いかける様に香ばしい牛肉の匂いと牛特有の旨みが鼻を吹き抜ける。
タレの風味と牛の旨みの両方が染み込んだ白米は米本来の甘さと絶妙にマッチし敢えて硬めに炊かれている米も加熱された蒸気で程よく柔らかくなり肉とベストマッチだ。
サリエルはその美味しさに心と箸を踊らせものの数分で平らげた。
食べてる時のサリエルの笑顔はまるで天使の様だ。
✴︎
昼食を食べ終えたサリエルは探索を再開したが何処も特に目ぼしい物はなく全てが無数の柱と広大な空間が広がる薄暗い空間が無限に続くだけだった。
サリエルの“マッピングプレート“も遂に100階層と表示していたがその部屋には唯一外を見れる窓枠がありサリエルはそこから顔を出し外を達観する。
「キレイ・・・・・世界って上から見るとこんなにも広いんだ」
サリエルはありがちなセリフを呟くがサリエルの目の前には自身の住んでいる帝国の町並みとその周りを囲む対魔族用の防壁とその奥に見える高大な山脈が見えた。
その景色はこの世界はちっぽけなモノだと思わせるほどに美しい
だが、ここは黒の塔の最上階であり最後の場所でもある。
このフロアは円環状に廊下があり一つの部屋を囲うようにして作られていた。
そして、出入り口は一つ今、サリエルの眼の前にある縦幅10m横幅7mの巨大な黒い扉だけだ。
その扉からはこれまでの道のりは全てウォーミングアップだと言わせるかのような威厳、緊張、殺気、猛々しさ、禍々しさをこれでもかと放っていた。
「この先には・・・・・きっと面白いものがある♡」
その黒い扉にサリエルが触れると巨大な円環と幾何学模様の刻まれた術式が展開しガチャン!と言う図太い鍵が開く音がフロアに響き渡ると鈍い音を立てながらその奥の部屋がその姿を表す。
無数の傷付いた武器たちが床に突き刺さり血のように紅い魔導ランプが部屋を照らしまるで地獄のようだ。
そして、部屋の最奥に再び大きな扉があり其処を守るように二匹の牛の頭を持った二匹の怪物ミノタウロスが自身の背丈よりもあるハルバードを手に持ちサリエルに気づくとゆっくりと向かってくる。
「シンニュウシャハハイジョ」
「マケンノマニハイカセナイ」
如何にも門番らしい言葉を吐く。
サリエルは扉が閉まる音と共に剣を抜きその顔に歪んだ笑顔を浮かべる。
「せいぜい私を楽しませてよウシさん♡キヒッ」