6.ただの殺人鬼じゃん
ゴホン。
気を取り直して。
ワシの名は松井芭蕉。
この現代の中空を漂う霊魂である。
ワシの死後、はや300年以上の月日が経過しておるが、いまだに成仏できずにいる。
だからといって、俳諧で名をはせ、「俳聖」と呼ばれたワシに対して、地縛霊とか、悪霊とか、雑霊とか、浮遊霊と呼ぶのは失敬であろう?
ましてや忍者呼ばわりなぞもっての外、言語道断だ。
話の続きは江戸に来てからだったな。
大江戸生活は充実したもので、ワシは随分長く満喫しておった。
都会はいいな。
やっぱり人が多いし、物資は豊富だし、娯楽はあるし、同好の士の出会いも刺激的であった。
まぁ、俳句だけでは食っていけないし、明らかに無職っぽいのは世間体が悪いからな、アルバイトもしておったぞ。
やがて、ワシの俳諧の実力もほぼ満開になり、弟子を何人も取ったが、都暮らしが長いと他の世界も見てみたくなるもの。
俳人には旅の感動こそが作品にとっての至高の養分になるのだ。
そして、40歳を越えたころワシは旅に出始め、4つの紀行文を完成させる。
「ふっふっふ、芭蕉4部作、いずれも傑作だ。ワシは後世に名を残すぞ」
最後の旅で貯金を使い果たし、あとは悠々と老後生活をするつもりだった。
しかし、その平穏な生活を徹底的に破壊してしまう因縁の事件が起きてしまったのだった。
ところで、ワシには瞬間映像的記憶能力がある。
ビデオグラフィックメモリ。
見聞きしたものを映像で再生できる超人的異世界チートスキルだ。
紀行文の執筆では大活躍だったわい。
そして、それはあの日の事件のことを想起した。
ワシは朝食を食べ終え、庭で俳句への思いに耽っていたとき、与力の男が来た。
与力というのは警察のお偉いさんだ。
無論ワシは犯罪なんぞに手を染めておらんし、心当たりがない。
「松井芭蕉はおるかー!」
なんという威嚇的な大喝。
この男は非常に大柄で髷はあるものの凄まじい髭面で、顔面には十字の傷すらある。
眼力も凄い、っていうか目がイっている。
お偉いさんというより、さながら野武士の印象であった。
そんなことより、右手には抜き身の日本刀が・・・
なんだか想像してはいけない赤黒いアブラで、テカテカと怪しく光っていないか?
禁断の液体が滴ってはいないが、怖い、怖すぎる。
絶対に逆らってはいかんな。
「はい、わたくしでございます」
「貴殿がそうか、将軍徳田綱吉様が直々にお呼びである、直ちに同行せよ!」
なん、だと!?
ワシのような一般ピーポーが将軍に呼ばれるなんて普通はあり得ない。
あえて言えば俳諧絡みかと思わなくはないが、有無を言わず付いて行くしかない。
「かしこまりました。ところで・・・」
「なんじゃっ!!」
ひー、怖い。
これは下手を打ったか?
それでもワシは恐怖心から尋ねざるを得なかった。
「その刀は一体どうしたのですか?」
「はっはっは、これな、昨日殿から直々に斬り捨て御免が許可されてな」
お、機嫌を損ねず、上手く話しをもっていけそうだ。
怖いからその刀は早く鞘に納めてほしい。
「つい今しがた3人ほど斬ってきたわ!」
いや、おかしーよ!?
斬り捨て御免ってそういうやつじゃないよね?
それじゃただの殺人鬼じゃん。
「さ、左様でございましたか」
声が震えるし、上擦る。
「うむ、貴殿も反抗的だったら腕の2,3本ぐらい斬ろうと思っておった」
さささ、三本もないからね、腕。
っていうか、この人、ワシを斬る気マンマンだったんじゃん。
そこはかとない恐怖に、もはやワシは笑いを浮かべることしかできなかった。
幸い、5体満足で城へは着けた。
ただ、5体の惨殺死体(2体増えた)を道中で見ることになってしまったが・・・