5.藤×宗
ワシの名は松井芭蕉。
今となっては只の彷徨える魂だ。
ワシの忍者説はいつ消え去ってくれるのか、それを見届けるため現世に留まっている。
今日は普通に過去を思い出す。
能力は便利なのだが、魂が過去に飛んでしまうが如く、融通が利かないことも多いのだ。
中には思い出したくないことまで、無理やり鮮明に再現されるため、精神が病むことも少なくないのぉ。
「宗房はどこだー?」
「宗房―、宗房はおるかー?」
「宗房、キリン先生の所へ行こうか」
ワシと藤忠の仲は良好だったの。
歳は2歳違いだったか、ワシの兄より兄っぽかったわい。
そして、キリン先生とは藤忠が習っていた俳句の先生である北村キリンだ。
ワシも藤忠に付き合いキリン先生から学んだのだ。
しかし、ペンネームが人間ですらなく動物園にいるあの生物とは一体どういうセンスだ?
流石は先生、その感性は常人には計り知れないということなのであろう。
さて、藤藤家のワシの仕事は主に藤忠の側近だな。
今風に言えば、
「破滅エンドが多い悪役令嬢の執事になりました。実家の戦力が不足したから帰ってこいと言われてももう遅い。寵愛されているので心でざまぁと優越感にひたります」
といったところか?
まぁ、ワシ自身戦闘力がないから、抑止力と毒見薬。
あとは厨房にて異物混入がされないか、料理人見習い的な仕事であったのぅ。
「あーら、お二人さん、ちょっと仲が良すぎないかしら」
「お、お空」
新キャラ登場である。
彼女の名は確かお空。
福地忍者の末裔で藤忠の幼馴染にして、ワシより先に藤藤家に仕えていたクノイチだ。
しかし、気不味いシーンを目撃されてしまったな。
藤忠に今でいう壁ドンをされて、耳元で囁かれるという・・・
藤忠はいい男ではあるのだが、どうにもワシとの物理的距離感が近かったかの?
「ごちそうさまよ」
ほんのり上気した頬で、うっとりとした目でお空がいう。
残念ながらワシにはその言葉の意味がわからない。
この忍者はワシより前に藤忠の側近として仕えていた。
キャラ的には幼馴染系らしく、服装も多少動きやすさを優先させている感じはあるが、見た目はぼとんど忍者感は出しておらんかった。
ほら、側近が女一人では色々不便であろう?
風呂とか、寝るときとか。
二人居て交代で護衛することで、主君の安全がより手厚く確保できる寸法というわけだ。
まぁ、ワシは護衛といっても、いざ曲者が現れたところで何の役にもたたんがな。
したがって、ワシはほぼ藤忠と寝食を共にすることになった。
なんだかいつもお空に観察されていた気がするの。
ハァハァと息を荒げる姿、鼻血をだす姿を見たことがあるし、藤X宗サイコー!と当時のワシには理解できぬ隠語を聞いた。
おそらく特殊な趣味嗜好の持ち主だったのであろう。
現代風に言えば本屋で、概ねピンク色の表紙で、粗方眼鏡イケメンと普通イケメンが顔を近付けあって赤面していたり、絡んでいたりするようなコーナーのジャンルな。
ワシは見たことがないけれど、きっと男人禁制というやつであろう。
ワシは藤忠とお空が深い仲だと思った。
だが、ある日の消灯後の恋バナで藤忠は「忍者は守備範囲外!」と言っておったの。
「俺はお空より君のことが・・・」
うっ、尻が痛い。
過去を思い出そうとするとたまに持病の痔が鋭く痛むのだ。
こんなときは、それ以上思い出してはいけないのだ。
本能が訴える、これは俳人生命はおろか、男の尊厳までもが損なわれてしまう案件だ、俳人だけに廃人になってしまう、と。
従来、武人は戦場において男同士で絆を深めるということもあったらしい。
なんだ、ホモサピエンスとかいったか?
藤忠も武人だったが、ワシと戦場には出なかったし、痔の原因はあくまで持病であって、藤忠と絆を深めた産物ではないからな。
「この二人、美味しすぎる。捗ります。今度出す本のネタには困らないわね。でへへ・・・」
この後、藤忠は若くしてこの世を去る。
ワシはキリン先生に俳句を習うにつれ、上京を夢見るようになっていた。
オラこんな村嫌だ、というよりかは、死にたいくらい憧れた花の都大東京、というやつだ。
男たるもの、伊賀に籠りっぱなしではなく、まだ見ぬ世界へ身を投じるものなのだ。