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松尾芭蕉忍者伝説  作者: 鮫島シャチ
5/12

4.蒸し返し禁止

ワシの名は松井芭蕉。

文学的に超絶級に有名な俳人の霊魂である。

ことここに至っては地縛霊でも、悪霊でも、雑霊でもいい。

忍者ではないとさえ言ってくれたら、ワシはそれで妥協する。



今日も今日とて例の学校の授業を観覧する。

あれ以後、国語教師は真面目に授業をしているようだ。


正直な話、奥の太道はその制作過程において闇が深く、ワシ自身全く納得のいかない駄作なのだが、一応世間的には、最後の紀行記として大絶賛されている。

これは、ワシのビッグネームが見せる幻影とでもいうか、文字が少ないからこそ、その行間や文字と文字の間に潜む真意を深読みした学者の面々が勝手に高評価しているのだ。

できればワシの処女作や他の紀行文を掘り下げてやってほしいものだが、それでも死後300年経った今でもワシの俳句が人々に感動を与えていると思うと悪い気はしないな。


「ふむ、時間が余ってしまったな。何か質問はあるか?」


例の落ち武者教師が生徒を促す。

この男、今日は寝坊でもしたのであろう。伸びすぎた髪の毛が頭頂を隠す機能をなさず、完全に河童か落ち武者のヘアスタイルとなっている。意外と剛毛で癖毛で衣服に静電気がよく発生しそうなのも仇となっているようだ。


「はーい。せんせー、また忍者の話をしてください」


ちょっ!蒸し返し禁止!

しかし、どのクラスでも少数棲息するブリッ子系女生徒の申し出が嬉しかったのか、国語教師は一瞬で超ノリノリな面構えになってしまった。


「松井芭蕉な。こいつ怪しいんだよ。」

「あっはっは」

「ぶはっ」

「せんせー、どう怪しいんですか?」


いや、お前のヘアスタイルの方が怪しいんだよ。


「松井は服部という忍者で有名な伊賀の出身、現在の三重県あたりな。もうそれだけで忍者の香りがプンプンしているだろ。そしてこの奥の太道、これが決定的に怪しいんだよ」


あまりの物言いにワシは閉口してしまった。


「奥の太道は2400kmの道のりを150日で行った旅の記録なのだが、この時代の人の寿命は50歳ぐらい、そしてこの旅は芭蕉が45歳のときになされたものだ」


「45歳だったらまだ若くないですか?教頭先生ぐらい?」


「現代ならね。でも、今は平均寿命80歳を超えているだろ。だから、比率計算すると70歳中盤ぐらいになるのかな?」


「あー、それはおじいちゃんだね」


そんなことはないぞ?人間の寿命は本質的にはあまり変わらん。

昔でも長生きな人間はいたからな。

今と違うのは食生活と医療と生活習慣だな。

人間ドッグみたいなものもないから、老衰ではなく、体のガタからくる病の拗らせが若死にの原因だっとワシは思うぞ?


「で、さっきの旅を計算すると1日あたり16km歩いているわけだ。今みたいに道路がコンクリートで舗装されてないし、途中で車や馬にも乗らない。つまりは脚力がありすぎるんだ。しかも、最初の紀行は40歳ごろで故郷の伊賀までの道のり約2000kmで270日かかっているんだよ。明らかに不自然だろ?」


「ごくり」


「しかも、行動についても謎が多い。芭蕉は最初松島というところを非常に楽しみにしていたんだ。しかし、松島に滞在したのは1日だけ。そして、どうでもいいところで俳句も詠まず10日ほど過ごしていたりする。」


そうなんだよな。

確かにその挙動は怪しい。だから言ったんだよ。


「移動距離も最大で1日50kmぐらい歩いているときもある。忍法に影走りの術というものがあるが、おそらくそれではないかと言われている。そして、働いてもいないのにその旅を過ごす金の出所、いくつもの関所を通る手形はどうしていたのか、野宿をすることもあっただろう。これらを総合的に考察すると、仙台藩に不穏な動きを察知した幕府が密偵として、忍者を送り込んだのではないか、という考えが生まれてきて、そうだとすると色々と辻褄があってしまうんだ」


それは大体合っている。

河合相田、あの忌まわしき名前が脳裏をよぎる。

このワシを隠れ蓑にした真正忍者にして、ほんまもんのサイコパス野郎。


「まぁ、その旅で芭蕉は弟子を連れていて、その弟子の方が忍者だったって説もあるんだけどね」




脳内が河合の悪魔的笑顔に汚染されたワシには、落ち武者の最後の言葉は耳に入らなかった。




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