3.もはや他人だよね
ワシの名は松井芭蕉。
俳諧で名を馳せた偉大なる文化人の神霊である。
その道で知らぬ者はモグリ扱いされてしまうというほどの超有名人であったゆえ、忍者呼ばわりは許されない。
ワシができるのは、五七五で綴られた文字を宇宙に変え、ドラマチックな感動を人に与えることであって、手裏剣を投げたり、水の上を走ったり、垂直に3メートルジャンプするような身体能力は持ち合わせていない。
む?そういえば、母親から幼き頃、小さな苗木を毎日飛び越えるという遊びを教わった気がするが、ワシはインドア派なのでな、すぐに飽きてやめてしまった覚えがある。
きっと気のせいなのであろう。
ところで、今ではかなり劣化してしまったが、ワシにはビデオグラフィックメモリという特殊能力がある。
これがこのワシを天才と自他ともに認めさせたる所以だ。
それを語るにはまずはフォトグラフィックメモリについて言及せねばな。
フォトグラフィックメモリは瞬間写真的記憶というやつだ。
見たものをまるでカメラで写真を撮ったかのように一瞬で網膜に焼き付けて記憶する異世界チートな能力。
しかし、ワシのはその上位互換。
瞬間映像的記憶とでも訳そうか、見たものをまるでビデオで撮影したかのように脳裏に焼き付け記憶するのだ。
当然ピクチャーより映像の方が情報量が多いのだ。
過去の風景、動き、音を脳裏で再生できれば、情緒ある句を詠むのに役立つというものだ。
残念ながら触覚、味覚、嗅覚は再現できないのだがな。
この能力があれば、見ることさえできれば、神経衰弱やババ抜きには負けないし、麻雀のイカサマも見破れるし、チート能力系麻雀漫画のように、敵の和了牌を完全回避したり、立直すると確実に一発自模を引き当てたり、裏ドラがモロ乗りなどやりたい放題だ。
事実、そんな風に金を稼いだこともある。
読み書きも見たら覚えるので、文系であれば小テストでも100点が取れるぞ。
残念ながら完全記憶能力ではないので、人間図書館になれるということはないな。
どこぞの銀髪のシスターさんとはタメを張れないが、人間忘れるということも大事な要素だと思うのでワシはそれでいいと思っている。
ワシが現世において成仏できていない諸悪の根源。
何故このワシが忍者だという事実無根のデマが流布されなければならぬのか。
ワシは過去に思いを馳せ、その異世界超チート能力を発動させた。
この部屋は、ワシが18歳のころで、侍大将の藤藤藤忠の士官したときの風景だな。
ワシは18歳まで普通に自宅暮らしをしておったが、母が「駄目だこいつ、早く何とかしないと」ということで、「ニート許すまじ」と言ってコネで藤藤の屋敷に追いやったのだ。
ああ、補足しておくと、藤藤藤忠って字面はヤバイが「とうどうふじただ」と読むのだ。
あとワシはインドア派なだけで、決してニートではない。
「働いたら負けかな」なんて思ったこともないからな。
目の前の藤藤はどちらかというと大柄で精悍ながらも、ワシと歳もそう変わらず、人懐っこそうな目をしている。
侍大将というのは、大将軍の下で一軍を指揮するザ・軍人オブ軍人だ。
今は鎧を着込んでいないが、普通にお侍さんである。
「はじめまして、松井宗房と申します」
あ、一応本名だな。芭蕉というのは、後に俳諧で使うペンネームだ。
本名を晒すのが恥ずかしいわけでも、個人情報を晒すのを警戒しているわけでもないぞ。
ペンネームを使うのは、それが粋だと先生から教わったからだ。
「うむ、福地の末裔、いや、松井の夫人から話は通っておる。私が藤藤家三男の藤忠だ」
なんか、物凄く気になることを聞いたがスルーでいいかな?
もっとも、ワシが今しているのは過去の記憶の再生であって、過去を改変できたりはしない。スルーしかしようがないのだが。。
「君は我が藤藤家の自宅警備員に任命する!明日から本気を出せ!!」
だからニートじゃないってばよ!
今の私にできるのは心の中でのツッコミだけ。
当時の私は困った風に藤忠に業務内容を尋ねたようだ。
「君には誇り高き忍者の血が流れておる」
いや、流れていません。
「松井夫人は忍者の名門福地家でその最強の名を欲しいままにした四代目、その従弟の娘の息子の娘、そしてその息子が君だ!・・・らしい」
ちょっと待ってくれ。
福地さんが有能な忍者だったとして、ワシとは、もはや他人だよね?
待って待って、整理すると、最強の忍者はひとまず置いといて、その従弟ということは、二代目に複数の子がいて、それが三代目。で、四代目に最強の忍者がいて、三代目の兄弟筋の子である従弟の・・・直系卑属?
祖先を辿れば、確かに忍者の末裔ってことに!?
いや、断じて認めん。
そうかもしれんけど、そんなこと言い出したら人類みな兄弟、どこかで共通の祖先がいたはずだって暴論が成り立ってしまうレベルだよね?
「君には忍者として藤藤家の安全保守を期待している」
記憶の中のワシは困ったように頬を搔いていた。
そんな馬鹿な。
仮に末裔だったとしてもワシは忍者ではないし、忍者としての才能も一片たりとも持ち合わせていないからな。
まぁ、こんなところで必死に否定しても何にもならんのだが。