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松尾芭蕉忍者伝説  作者: 鮫島シャチ
10/12

9.拒否権はない

ワシの名前は松井芭蕉。

現代の中空に漂う忍者の地縛霊である。


何故忘れておったのか。

河合空というクノイチから告げられた衝撃的事実。

ワシ自身が認めなくても、客観的にはエリート忍者の末裔で、なおそれに相応しい能力を兼ね備えていたら、それはもう忍者と評価されても仕方がないのではなかろうか。


その能力はカエルが池に飛び込んだ~とか、セミの鳴き声が岩に染み込んだ~等、風景の変化だけでなく音のコントラストにより世界観を広げるという俳句の新たな作風を生み出したのだが、このような非凡なる感性もワシが常人ではなかった証左なのかもしれぬ。


いたく不本意ではあるが、本来の心の平安とは真逆のベクトルで、ワシを現世に繋ぐしがらみは薄れようとしていた。

ワシが成仏する日も近いのかもしれぬ。




「拒否権は?」

「ない」


尋ねるワシに河合空は冷たく言い放った。


確かにロハで旅ができて、もう一花咲かせるチャンスではあるが、これが強制力を持つのだとするとやるか否かの選択権は欲しいものであった。

それを伝えると、


「じゃ、まずはエンコね」


いやだー!叫びそうになるワシを河合空が更に追い立てる。


「あと、これ」


バサバサバサ


出てきたのは光沢のある紙片や冊子であった。

主な種類は2種類で、ワシが犬にケリを入れている写真とワシと藤忠の・・・、うっ、尻が痛い、チョメチョメな写真を挿絵にした薄い本だった。


いや、写真ってこの時代ではオーバーテクノロジーであろう?

しかも、ワシこんなことしてねーし。

してないよね?

写真は不自然な遠近感や切り貼りの線も浮き出て、トリミングやコラージュの類であった。


「ばら撒くぞ」


ワシは終わった。

屈するしかなかった。


事実無根でもこのような合成写真をばら撒かれると処罰されたり、社会的にも抹殺されよう。

特にお犬様に対する処罰は近年厳しく、その本質はハンムラビ法典に近い。

目には目を歯には歯を、ってやつだ。


お犬様を殺したら死罪。

お犬様を捨て犬にしたら流罪。

お犬様を虐待したら金属バットで百叩き。


うん?この時代には金属バットなどないはずだが、これは現世のワシの脳内変換だな。

日本の武具といえば刀が主流だが、鎧甲冑には斬撃の効果は薄い。

ならば、鎧の上から打突による衝撃でダメージを与えるメイスが存在していても不自然ではないからの。

ワシは脳裏にたくさんの釘が打ち込まれた木製バットを想像した。


せめてもの救いは、旅が終わるまでエンコ詰めの件は保留になったことだ。

そんな痛い思いをした、怪我人が長旅を、ましてや俳諧活動などできるものか。

俳人に似つかわしくない負傷は、カモフラージュ役のワシを目立たせるのに少しは役立つかもしれぬが、如何せん怪しすぎる。ワシが目立つのは俳人というキャラであって、そのキャラを濁す異様な目立ち方は隠密活動中は控えるべきであろう、と必死に説得した。

ただし、利子をつけるよ、当時のワシは迂闊にも聞き流してしまったが、それが更なるペナルティであることに気づくのはまた後日のお話だ。


「あたしはアンタの弟子になるから、河合相田と名乗るわ。呼ぶときは河合君とでも呼んでね」

「なんだその名は」

「アンタが可哀想だからよ」

「何をいうか、ワシは可哀想な人生など歩む気はないぞ」

「今更手遅れよ」

「なに?」

「あんた、伊賀の里を出て、本当に自力で生きて来られたとでも思っているの?」


ワシには河合空の言っている意味がわからない。


「あんた、弟子がいるでしょ。あんたの俳句を絶賛してくれて月謝を払ってくれる。あれ、全部あたしの手下」

「そんなバカな・・・」

「工事のアルバイトに誘導したのもあたし、あんたねぇ、あんな職人技術のいる労働で本当に高額な賃金を貰えると思ったの?全然役に立ってなかったじゃない」


いや、まさか。

確かに周辺の職人に比べると、ワシの作業などは児戯に等しいものだった。


「あと油断しすぎ、酒に溺れて何回置き引きや追剥に襲われそうになってんのよ。旅でも宿に泊まれなかったことなかったでしょ。強運でも必然でもなくて、全部あたしの功績、今のあんたがあるのは全部あたしのおかげなのよ」


信じられない。考えられない。

いつからこの女はワシをストーキングしていたのだ。

しかし、仮にこの女のいうとおりだったとして、何故この女はワシのことをこんなにも守護ってくれていたのか?

もしかして、ワシのことを・・・


「いつか利用するためよ!きゃはは!あー、かわいそうだ、かわいそうだ」


楽しくて仕方がないという悪魔の笑顔。

そのふざけた態度は、この温厚なワシを以てしても殺意を抱かせるに十分にして余りあるものであった。



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