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世界でたった一人だけの魔女は、昔、姉の身代わりで王太子の婚約者とされ、聖女を愛した王太子に聖女殺しの罪により婚約破棄の上、魔女として処刑されそうになった少女でした。森の奥で今は魔女をしています。

作者: かのん
掲載日:2021/08/08

 私は魔女、世界でたった一人の魔女。

 黒猫はお供にはいない、使い魔もいない。

 嘆きの魔女は高い塔の上で世界を呪う。私は昔悪役令嬢と言われ、殺されたはずだった……。


 緑の木々が鮮やかだった。昔見た先代の魔女が愛した色だったと聞いている。


「…暇ね」


 世界は本当に残酷だとは誰が言ったのだろうか。

 私は本を開いて、数千回目の読書に耽っていた。


「…また誰か来た」


 魔女は世界で一番の願いを叶える存在、願いを叶えてという愚かな人たちがどれほどやってきたか…。

 ほとんどは私がいる塔の上にはたどり着けないでいた。


「…ああ聖王国の騎士か」


 聖なる王国と言われたファーレン、私は昔そこにいた哀れな少女のことを思い出していた。


『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん、アリス、アリス、もっともっと頑張るから、だから捨てないで!』


 嫌な記憶だ。私は一瞬思い出した記憶に頭を振った。

 騎士が剣を振るい魔物と戦っていた。ああ、これは上まで来るなと私はお茶とお菓子の用意をする



「魔女様、私は……」


「願いはなあに?」


「私は聖王国のファーレンの騎士、リュグナーン・イファルです。私は王…」


「王の命令でここにきた? でしょ。お茶の時間くらいはあると思うわ」


 私は青年騎士が驚きの目でこちらを見ているのを感じる。


「魔女というからにはもっと…あなたはどう見ても13歳ほどにしか見えないが…」


「私は魔女、魔女よ、それは間違いないわ」


「魔女様…王の願いは…」


「王の妻の病を癒してほしいという願いよね? 対価は金貨一万枚を用意させようってことらしいけど、お金は対価にはならないの」


 お茶を入れながら私は笑う。

 だって対価はお金では代えられない。


「…あなたの大切なものはもらえないわ、だって王の願いなのですもの…そうね」


 私は王の大切なものって妻以外になにかあるかな? とお茶を飲みながら考える。

 騎士は私の向かいの椅子に座った。


「…王に妻の病を肩代わりさせるなら」


「それはだめだ」


「なら、王の跡取りを差し出しなさい、王太子でいいわ」


「それはだめだ」


 大切なものってあまりないのね王ってと私はふうとため息をつく。


「なら、そうね、私の名前を当ててみなさい。あなたが私の名前を知ることができたら病を癒してあげる」


 騎士は名前なぞどうやってと、がたんと椅子から立ち上がった。

 だってこの騎士を見ていると、嫌なものを思い出すから、意地悪をしてみたくなったのだ。


 金色の髪は嫌いだ。それに青い瞳はもっと大嫌いだ。聖王国ファーレンの王族はもっともっと大嫌いだ。


「あなた、何も聞いてないの?」


「え?」


「一つだけ教えてあげる。百年前に私は聖王国ファーレンの王太子に聖女を殺した魔女として処刑された…公爵令嬢よ」


「…いや」


「王太子の婚約者であった私は娘なの、ほらこれがヒントよ」


 私は絶対にこれではわかるまいと笑う。だって私は名前を消された女だったからだ。


「…魔女様、王妃様の病は…」


「進行性のものよねもってあとひと月、ならその間に私の名前をあてたらいいわ」


 私の首を切り落とそうとした騎士は、金髪に空のように青い瞳を持っていた。

 それを私はいまだに思い出すのだ。


 王太子の顔などはもう忘れた、聖女の顔ももう忘れた。

 でも騎士のその顔だけは今でもはっきりと覚えている。


「…これ以上はヒントはあげないわ」


 ファーレンはたぶん、嘆きの魔女の代替わりのことをよく調べていないのだろう。

 人の好さそうな騎士を一人送り込んで、ただ王妃の病を癒そうとしたということを証明できればいいのだ。


 もう王太子も20歳になる。それに男はあと5人もいる。王女などは10人だ。

 正妃としての務めは王妃は果たした。子を6人も生んだ女などもう抱きたくもない…か。

 もう死んでもいい。王妃ももう36歳だ。年をとった女などもういらない。


「ばかばかしい茶番ね」


 私は王の心を読む。私はすべてを見通す力を持っていた。

 でもこれも万能ではない。

 この塔にいる人間の心は実はよくはわからない。あとは魔女、前代の魔女の心もよめなかった。


 騎士は困った顔をしていたが、わかりましたと頷いた。



「魔女様、もう少しヒントをくださいませんか?」


「…そうね、私は昔のおとぎ話の魔女の名前をもっているわ」


「…ここの本の中にありますか?」


「あるわけないわ。だって読むと鬱陶しくなる話よ」


 私はふふっと笑う。長い髪ですねと騎士がリボンを懐から取り出し、私の髪を結わえようとした。


「触るな!」


 私は騎士の手を払いのける。私の髪は私のものだ。

 私の髪を掴んで、衛兵は私の頬を殴った。魔女め、聖女様を殺そうとしたことを白状しろと、だから私は髪を触られるのは大嫌いだった。


「申し訳ありません、女性の髪を…つい魔女様くらいの年の妹がいるもので…」


「私は今年で百十三歳よ!」


「…え?」


「私はあなたよりずっと年上なの!」


 世界はとても残酷だ。私はずっと同じ姿のまま。

 この人の妹よりもずっと年上だ。


「…申し訳ありません」


「あれからもう一週間よ、名前はわかった?」


「イブリス、エメリーン…」


「いいえ違うわ」


「ではキリエ、エイレーン」


「違うわ」


 歴代の魔女たちの名前をあげる騎士、でも違うわと私は首を振る。

 百年前の令嬢の名前などわかるはずはない。




「…青い青い空、高い空、空に白い鳥…」


 私は歌う、遠い昔母が歌っていた…。私の歌を聴いて、少し目を細める騎士。

 

「青い色がお好きなのですか?」


「いいえ大嫌い、私が処刑されようとしたときのことを思い出すから。繰り返し繰り返し思い出すから」


 私の名前を今日も答えることができなかった騎士、私は彼にソファで寝なさいよというと素直にその言葉に彼は従ったが…。




「風邪をひくじゃない馬鹿ね…」


 夜になって私は寝ている彼に毛布を掛けた。

 昔そういえば…お母さんも…。


「…馬鹿ね」


 思い出したくない遠い記憶。私は母に殺されかけた娘だったというのに…。


『お母さん、ごめんなさい、私もっともっと…』


『あなたは貴族の娘、いつかいつかお父様が迎えに来るの! なのにそんなマナーの一つもこなせないなんて!』


 幼い私が母にぶたれている。昔の記憶だ。娼婦の娘なぞが貴族の娘ってバカじゃないか? と周りの人たちが言っていたのに、いつも母はその青い瞳が貴族の証と私にいつも言い聞かせていた。


 でもいつまでたっても誰も迎えに来ない。

 母はある時絶望して、私を…。



「お母さん、お母さん、お母さん…」


 私の目から涙があふれ落ちた。

 ぽたっと騎士の顔に涙がかかる。


「魔女様?」


「お母さん…私を捨てないで、お母さん、あたしを…」


「どうされました?」


「…なんでもないわ」


 私はどうしても昔の記憶に囚われすぎていた。世界で一番の絶望と悲しみを知るものが…世界でたった一人の魔女に選ばれ、世界の何かを担うのだ。


「…魔女様」


 ぎゅうっと騎士が私を抱きしめた。離しなさいよといっても彼は話さず、青い鳥は空を飛び、遠く遠くへ旅立つ…と歌を歌ってくれる。

 お母さんが昔機嫌がよいときに、歌ってくれた歌だった。


「…その歌嫌いよ」


「…そうですか」


 騎士は私より7歳ほど上に見える外見をしていた。あの時の母くらいの年齢だった。

 そう私を…。


「子殺しをする女ってどう思う? あなた」


「え?」


「首をねこうきゅうっと絞めれば、5歳ほどの子供なら死ぬわ、馬乗りになったらもっと力が入るの」


「…」


「ごめん、変なことを言ったわ」


 どうしても遠い昔の記憶に私は振り回される。今まで生きた年齢の十分の一ほどしかない時間だったのに。その時間だけに今の私は支配されている。


「…アリス・ガーデン」


「え?」


「アリス・ガーデンという令嬢が昔いたそうですが…」


「違うわ、それは私じゃないの」


「え?」


「それは私の姉の名前よ」


 なら私の名前もすぐわかるわよね? と私は笑った。

 騎士はそれ以外はと首を振る。

 アリス・ガーデンという魔女は、おとぎ話にはいないわと私は騎士に笑いかけた。




「…もうすぐ一か月よ」


「ええ」


「私の名前はなあに?」


「一つだけ思いついたものがありますが…さすがにこれは」


「言ってみなさい」


 私は青い空を窓越しに見上げ笑う。彼は困ったようにこちらを見ていた。


「…エマ」


「え?」


「エマ…」


「うふふふ、無という意味ね、何もない。という…正解よ」


 私は母に名付けられなかった子供、だから何もない、名前がないというのが正解。

 私はよくわかったわねと笑った。


「私には名前などないと、寂しそうに笑って言われていたので…まさかとは思いましたが」


「エデンに最初にいた女の名前がエマ、そしてエマは愛しい男に裏切られ魔女となった最初の…原初の人間の女よ。だからエマで正解、いいわ、王妃の病をいやしてあげる」


 私はにこっと笑う。そして私は目を瞑った。

 瞑想する。


「ほら、病は癒したわ」


「…魔女様、いえエマ」


「私は一人、たった一人の魔女、そうね、名前をあてたご褒美よ、昔話を聞いていってくれる?」


 私はお茶でもどうぞと最初と同じように言った。これはもうすぐお別れよの合図。

 騎士は椅子に座り頷いた。


「…私ね、昔、愚かな貴族の男に騙された娼婦の娘として生まれたの」


「…」


「私ね、お母さんにいつかお父さんが迎えに来るって、青い瞳は貴族の証、黒い髪はあの人とそっくりとよく言われたわ」


 私は貴族の娘などではないとおもっていたのだ、あの日までは…。


「私ね、五歳の時、お母さんに殺されそうになったの、こう首を絞められて…そして仮死状態になっていたらしいのね」


 私は淡々と話す。これはだってもう遠い昔の話なのだ。

 騎士はお茶に手をかけずに私の目をまっすぐに見る。


「…目を開けたら、目の前にね、立派な服を着た男の人たちがたくさんいて、そしてお母さんが天井からぶら下がっていて」


 お母さんは待ちきれなかったのだ、確かにお父さんは私を迎えにやってきた。


「私ね、アリス・ガーデンと名付けられた姉とよく似ていたらしいの、目と髪の色と年のころがね。王太子妃になるはずだった娘は、はやり病で死んじゃったの、そして正妻はもう子供を産めない体になっていて、さあどうする? 分家から婚約者候補を出すのか? いいえ本家としてそれはできない。そうだ確か」


「…あなたのことを思い出したと」


「そういうこと、青い瞳は貴族にしかいない、昔、ひと時の遊びに通った娼婦が生んだ青い瞳の娘のことを思いだしたのあの人」


 私はアリス・ガーデンとして迎えられた。皮肉なことも母は、私と年が同じの姉のアリスという名前を娘に名付けたのだ。


 私はアリスと呼ばれ、貴族令嬢として生きることになった。


「私ねえ、アリスって名前が大嫌いだったの。だってお母さんがアリスって私のことを呼ぶたびに変な気持ちになったの」


「…」


 私は自分には名前がないと考え、何もない、エマという名前で自分を呼んだ。

 アリスとエマ、二人の自分が自分の中にいると…。


「アリスって呼ばれても、昔はやり病で死んだかわいそうな女の子の名前のことなのよ。それは…」


 私は父にお前はアリスだと何度も言われた。娼婦の娘なぞではないと。

 正妻は私のことを無視し、時には憎しみの瞳で私を見た。当たり前だ、愛した娘の身代わり、しかも娼婦が生んだ汚らわしい娘なのだ。


「私、王太子と呼ばれる人に会っても、何も思わなかったわ。だから彼を愛せなかった」


「たった十三の少女にそれは酷なことかと思われますが…」


「そうね、いつか愛情が芽生えたかもしれないけど」


 結局、私は王太子の愛を得ることができず、婚約者となっても彼は私のことを見なかった。

 そしてある時、聖王国ファーレンを救う聖女という少女が、国に現れて…。


「確か、違う世界から召喚された聖女様がいたと…」


「そうよ、私、どんな手を使っても婚約者の地位を守れって父に言われていたわ、だから色々としたけど、彼女を殺そうと思ったことはなかったのでも…」


「確か、聖女殺しの罪により、アリスという少女は…」


「そっ、魔女として婚約破棄されて、処刑されることになったの。まあ、聖女を殺したのは父の手の者だったから、私が関与していると見られても仕方なかったけど」


 人を殺そうとする女は一律魔女と呼ばれる。しかし、私はまだたった十三の小娘だった。


「私、処刑されかけて、首を切られそうになったの、その時に、ああ首だけは嫌だなって思ったのよ。昔お母さんにね…」


「首を絞められたから…」


「そうよ、その時魔女として目覚めて、私は…多分」


「私の先祖である騎士を殺したのですね」


「正解よ、知っていたのねあなた」


「ええ…」


 私は今 ここにいる騎士が悲しそうに泣くのを見た、私は死にたくないと思っただけだった。

 でも私は魔女として覚醒したとき、騎士の先祖の体を魔力で吹き飛ばし、粉々にしていたのだった。


「私、だから色々ヒントをあげたのよ? さすがにあなたのひいおじいさんくらいかしらね? の人を殺したのは悪かったかなって」


「…」


「私、殺すつもりはなかったのよ。でも結局、人を殺して生き延びた魔女なの」


 騎士が立ち上がる。どうするつもりかなと私は騎士の涙でぬれた青い瞳を見た。


「…エマ、私は先祖の罪を償いたい、年端もいかぬ少女を王命とはいえ…」


「もういいわ、それに私も人を殺した魔女だし、お互い様よ」


 騎士は私をぎゅうと抱きしめる。その目から幾つも真珠のような涙が零れ落ちた。ああ青い瞳が映っている奇麗だななんて思う。


「エマ、愛しています」


「いきなりね」


「…あなたの寂しさを癒したい」


「私、誰も愛してないの」


「…でも私が愛しています」


「…別に愛なんていらない」


「私はあなたを…」


「…あなたは幸せになるべき人よ」


 私は騎士に笑いかけた。その言葉があれば、たぶん私はこれからもこの塔の上で生きられる。

 私は騎士にありがとうと囁き、そして対価をなしに…使えるたった一つだけの魔女の魔法を使ったのだった。




「…退屈だわ」


 世界は今日も平和だ。世界でたった一人の魔女が塔の上にいるから。


「…うふふ、青い空がきれいね」


 青い空がある限り、私はあの人を思い出せる。そしてあの人のあの優しい言葉がある限り、私はこの塔の上で一人生きられる。


「愛しているわ、私のリュグナーン」


 私の時は止まっているけど、でもあの時、あなたが私を愛しているといってくれた時だけは永遠だった。

 私も愛しているわあなたを。


「幸せにどうか」


 世界でたった一つだけ、対価を使わず嘆きの魔女が使える魔法が一つある。 

それは記憶を消す魔法、自分の存在を世界から隠す魔法。前代の魔女から託された…たった一つだけの魔法。

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