異世界の女神
新タイトルはじめました。ゆるゆる更新ですが初回だけ5P投稿します。
カイルに言われた通りに道を進むと、教会らしき建物が見えてきた。
建物の正面に立つ。左右対象の白い壁の建物だった。前世で一度だけいった同僚の結婚式。その時に見た教会に似ているとラウザーは思った。
「これ、勝手に入っていいのだろうか。」
数段の階段を昇った先にある教会の扉はしまっている。ラウザーは前世で子供の頃遊んでいたゲームを思い出す。
あのゲームの中で、勇者である主人公は人の家に勝手に入り、棚や壺などを好き放題に漁り物を取っても怒られたりしないはずだ。
しかし、当然ここは異世界であっても現実な訳で、不法侵入や窃盗なんかで捕まる可能性もある。前世では教会にはどのように入っていただろうか。……だめだ。結婚式以外で教会に行った事がないからわからない。
「もし……どうかされましたか?」
教会の前で立ちすくんでいると、後から声をかけられた。
振り向くと、修道服をきた老齢の女性が立っていた。手にはかごを持っておりその中にはりんごのような果物が入っていた。
「あ、いや。ちょっと教会へ用がありまして。」
「そうでしたか。ギルド会議の時期だけ、各施設に入るためには身分証が必要になるのですが、何かお持ちですか?」
優しい雰囲気を纏ったその修道女の声はどこか温かい。こちらを怪しんでいるわけではないようだ。
「これで大丈夫でしょうか。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
門でもらったばかりの通行証を渡してみる。他に身分証になるようなものは持っていなかったからだ。
修道女は、胴のプレートをまじまじと見つめるとその表面を軽く撫でる。すると、プレートが薄く光った。
「なるほど、天の迷い子様でしたか。それでは御用事とはエステリア神への巡礼ですね。こちらへどうぞ。」
修道女はプレートを返すと、教会の中へと案内してくれる。胴のプレートには俺が天の迷い子だという情報がしっかりと書かれているらしい。これで神と会えるのだろうか。
修道女につられて中にはいると、結婚式で見たよりも少し質素な部屋が現れた。天井はステンドグラスというのだろうか、いろいろな模様のガラスが嵌められている。
その隣には羽の生えた天使のような人たちが飛び交っているような絵がか描かれている。その天使たちを束ねるように1人の女性が微笑んでいて、その頭の上にある円窓から外の光が入りこみキラキラしている。
内装は木製の長椅子が並べられていて、部屋の奥に天井の女性と同一人物だと思われる女性の像が立っていた。
修道女はラウザーをその像の前まで連れていく。
「こちらがエステリア様の神像です。心いくまでお語り合いください。」
そう言って修道女は教会の外へ出て行ってしまった。広い教会にラウザー1人となる。
「お語り合いください。ってここからどうすればいいんだ……。」
ラウザーはエステリア神の像を見つめる。
これがこの世界の神様ってことか。
前世で死んだ時に出会った神とは違う。というかあの時はただの白い人型だった。
なんというかこの像は、像なのに神々しく威厳があるように見える。
【デスデアの迷い子ですね。ようこそ、イスタルの世界へ。】
突然頭の中に声が響く。
ラウザーは戸惑うが、すぐにそれがエステリアの声であると気づいた。
デスデアはあの神の名前で、イスタルはこの世界の名前だろうか。
【デスデアの子は聡明ですね。いつもの事ながら。】
あなたも心が読めるのですね。
【心を読むのとは違いますが、そのようなものです。】
なんとなくラウザーはその場に跪いてみる。
神様を前にして突っ立っているのはよくない気がしたのだ。
【デスデアの迷い子よ。あなたのことはデスデアから聞いております。あなたの目的も。しかし、あなたの探し人はそう簡単には見つからないでしょう。】
弟にはすぐには会えないということですか?
【あなたの事情はよく理解しております。できることならばすぐにでも会わせてあげたいのですが、私たち神には人の世界に直接干渉することを許されていないのです。そのため、私が授けられるのは助言だけ。あなたは自分自身の力で探し人を見つける必要があるのです。】
弟の居場所は自分で探せということですね。
【その通りです。さらにあなたは前世での記憶を持っていますが、この世界の人間にそれを伝えることはできません。】
それが一体?
【弟さんの居場所を見つけても、会えるとは限らないということです。あなたが勇者の兄であるということはこの世界の人たちは知りませんから。勇者に会うにはあなた自身の身分を勇者の格に見合ったものにする必要があるでしょう。】
なるほど、わかりました。
【迷い子、ラウザー。私はあなたに干渉することはできませんが、この不条理な世界であなたには数ある困難が待ち受けています。それを理不尽に思うこともあるでしょう。あなたのために二つ助言を。
冒険者ギルドへ入りなさい。あなたの力を示す良き場所となるでしょう。
他の迷い子を探しなさい。かの者らはきっとあなたの力となるでしょう。】
エステリア様。ありがとうございます。
【いい子ですね。ラウザー。あなたが探し人と出会えることを心より願っています。あなたにエステリアの加護を。】
それを最後にエステリア神の声は聞こえなくなる。
広い教会で像の前にひざまずくラウザーの目には、涙が流れていた。
この世界はエステリア神のいうように、不条理すぎる。
前世でただ1人の家族にもすぐに会えない。
この世界に転生した時、弟にはすぐに会えると思っていた。この世界で昔のように一緒に暮らせるのだと。
しかし現実はとても理不尽な物だった。
しかしラウザーは弟と会うことを諦めたわけではない。
不条理など、前世のブラック企業で慣れっこだ。
この世界の不条理には、決して屈しない。
ラウザーは新たな決意のもと行動するのだった。
エステリシア神が二つ助言をくれた。冒険者ギルドと迷い子。
前者は簡単だ。これからカイルたちに会うために冒険者ギルドに向かう。そこで冒険者ギルドに入る手続きをすればいい。
後者はどうだろうか。今までの情報から迷い子とは自分と同じように他の世界から来た人間のことではないかと考えられる。
ラウザーは前世の神、デスデアが言っていたことを思い出す。
「何か一つだけスキルを授ける」
あの話が本当なら、迷い子は皆何かしら強いスキルをもらっているはずだ。
それならば確かに強い味方となってくれる気がした。
探すことも難しくないだろう。しかし、どうやって協力して貰えばいいのだろうか。
自分が勇者の実の兄であることは誰にも話せない。勇者を探す理由が必要だ。
それも、他の人が手を貸してくれるような内容で。
しばらく跪いたまま考えるが、何も思いつかない。
「お話は終わりましたか。」
不意に後から声をかけられ振り返る。そこには先ほどの修道女が立っていた。
この人よく後にいるな。
そんなことを考えながら修道女に返事をする。
「ええ、終わりました。ありがとうございます。」
「いえいえ、迷い子様の案内は教会の勤めの一つでありますから。」
ラウザーはふと気がついた。迷い子は皆教会に行くという。エステリア神と話すためだろう。それならばこの人に聞けば何かわかるのではないだろうか。そう思い、修道女に尋ねてみる。
「他の迷い子様ですか?最近は見ておられませんね。」
「あ、そうですか。」
不発か。
ミシェルさんは約半年位迷い子は来ていないと教えてくれた。
ミシェルさんとは修道女の名前だ。まだお互い名乗ってもいないことを思い出し、先に挨拶を済ませた。
ミシェルさんはこの教会の修道長で、裏にある孤児院の院長もしているらしい。
せっかくだからと押し切られ、孤児院の一室でお茶をいただく運びとなった。
孤児院には何人かの幼い子供と若い修道女がいて、こちらを興味深そうに見ながらも近づいてくることはなかった。
「皆お客様が珍しいようです。申し訳ありません。」
ミシェルさんがお茶を用意しながら謝る。それに対しラウザーは用意された椅子に座り、手を振りながら構いません。と答える。
お茶を二つ持ったミシェルさんがラウザーの前にカップを置いてくれる。そしてそのままラウザーの向かいの席に腰をおろす。
ラウザーは出されたお茶を一口のむ。
なんという種類なのかわからない紅茶はほのかに甘く、すっきりとした味わいでどこか懐かしいような味がした。