経験値取得
ラウザーは思わず茂みから飛び出していた。新しい肉体は前世の物より軽く感じる。
「逃げろ!!」
これでもかというくらいの大きな声をあげる。なるべく魔物たちの注意を引けるように。
思惑通り、魔物たちはゴブリン将軍を含め、全員が乱入者に注意を向ける。
しかし、男たちもまたこちらに注目してしまっている。その目は助けが来たのかと、安堵の色まで浮かべていた。
失敗した。……これでは、俺だけ逃げるわけにもいかない。
ラウザーは自分のすぐ前に刺さる剣に手を掛ける。一度も使ったことはないが、ないよりはマシなはずだ。剣の柄を握り、引き抜く。
不思議な感覚がラウザーに伝わる。まるで、幼少の頃から剣を握っていたかのような、今まで何度も魔物と戦ってきたようななんとも言えない感覚。
そして、うっすらと自分の中に記憶が溢れる。断片的で途切れ途切れの記憶。
目の前に一匹のゴブリンが迫る。
ゴブリンの持っている粗雑で刃の錆びれた剣がラウザーの首筋を狙っている。
しかし、その刃がラウザーに届くことはなかった。ラウザーの持つ剣がゴブリンの刃よりも早くゴブリンを斬ったのだ。斬られたゴブリンは束の間の静寂の後、胴を横に真っ二つにされ、地に落ちた。
勝てる…かもしれない。
ラウザーは剣を握り締め、ゴブリンの群れに飛びかかる。目の前で仲間を真っ二つにされたゴブリンたちは戸惑っているように見えた。その隙をつき、他のゴブリンたちも一撃で倒していく。
あっという間に4体のゴブリンを屠る。次のゴブリンに目をむけた時、ゴブリン将軍が動いた。巨体を揺らし、大剣を振りかぶってラウザーに突っ込んでくる。しかしラウザーは慌てなかった。振り下ろされる大剣を危なげなくかわす。懐に潜り込み、右足を斬りつけた。
そのまま背後をとり、一度距離をあける。
「ガァ!?」
自分が斬りつけられたことを不快に思ったのかゴブリン将軍が体を震わせる。それが怒りの表れであることはラウザーにもわかる。
ゴブリン将軍はその大剣を振り回しラウザーを殺そうと迫ってくる。その明確な殺意にラウザーは一瞬怯む。だが剣をもう一度強く握りゴブリン将軍を見据える。
大剣がラウザーにあたることはなかった。一度も剣を握ったことのないはずのラウザーが腕、足と、胴と大剣を避けながら傷をつけていく。どれも致命傷にはなっていないが、ゴブリン将軍の動きは明らかに鈍っていく。
「あいつ、強いぞ。」
斧を持った男が言う。周りのゴブリンたちを牽制しつつ、剣の男が腕の傷を治療する時間を作っているらしい。
「…確かに強い。しかし、彼だけでは無理だ。2人とも、彼を援護するんだ!」
傷口に何かの液体をかけながら剣の男が叫んだ。それを聞いた斧と棍棒の男がオーク将軍のもとへ向かおうとするが行く手をゴブリンたちに阻まれてしまう。
それを見ていたラウザーは共闘の線を捨てた。オーク将軍はもう一度体を震わせると、ラウザー目掛けて突っ込んでくる。三度目の突進にラウザーはもう慌てない。振り下ろされた大剣を紙一重でかわす。大剣は地面に打ち下ろされ、深く抉る。ゴブリン将軍の体が前のめりになっている。ラウザーはゴブリン将軍の脇をすり抜け、水平に剣を振り抜いた。
ゴブリン将軍の首から大量の血飛沫が上がる。
ゴブリン将軍は片膝をつき、やがて力を失い倒れた。
「マジかよ。1人で倒しちまったぞ。」
斧の男がまた叫ぶ。ゴブリン将軍が倒れたことで、残っていたゴブリンたちが散り散りに逃げ出す。
「なんとか…倒せ……た。」
ラウザーは持っていた剣をその場に置き、膝をつく。今まで感じたことのないような疲労感が襲ってくる。
座り込んだラウザーの元に男たちが駆け寄る。
「おい、あんた!大丈夫か?」
斧の男が声をかける。棍棒の男は倒したゴブリン将軍の腕に手を当てると
「間違いない、死んでいる。」
とだけ言った。脈を測っていたらしい。
「本当に助かったよ。君がいなければ、僕たちは死んでいた。」
剣の男が手を差し伸べてくる、先ほど斬られていたはずの手に傷は残っていなかった。
ラウザーは手を借り、立ち上がると使っていた剣を男に差し出す。
「この剣のおかげで勝てた。ありがとう。」
男は素直に剣を受け取り、腰の鞘に収めた。
「いやいや、本当に礼を言うのはこっちの方だ。君がいなければ、僕たちが死ぬだけでなく護衛対象のクルエラさんを守もることもできなかった。」
剣の男は少し離れたところに立つ女性に目を向ける。視線に気づいたのか女性がこちらに会釈していた。怖い目にあったからだろうか、その表情はまだ硬い。
「僕の名前はカイル。こっちはザッパとタタル。ハスザールの街の冒険者だ。」
剣の男、カイルが自己紹介をしてくれる。斧の男がザッパ、棍棒の男がタタルと言うらしい。
「ああ、俺は田中……じゃなくて、ラウザーだ。」
危ない危ない、危うく前世の名前を言うところだった。
「?……とにかく本当に助かったよ。俺たちはエスカルンドの街からタハルの街まで彼女に護衛任務の最中だったんだ。」
カイルは少し戸惑った表情を浮かべたが、話を続ける。
「彼女はセイラさん。エスカルンドの薬師でタハルには薬師ギルドの用事で来ているらしい。」
カイルが女性を紹介してくれる。少し落ち着いたのか先ほどまでの硬さは薄れている。
「薬師ギルドのセイラと申します。危ないところを助けていただき、ありがとうございました。あの強さ、名のある冒険者様とお見受けします。タハルに着きましたら冒険者ギルドを通して報酬を支払わせてください。」
セイラの言葉にラウザーは少し戸惑う。薬師、冒険者、ギルド……意味はなんとなくわかるが、その異世界感溢れる言葉に頭がうまくついていかない。
「いや、すいません。俺は冒険者じゃないです。助けられたのもたまたま運がよかっただけで……。だから、お礼とはか気にしないでください。」
「ええ!?」
その言葉に驚きの言葉をあげたのはカイルだった。信じられないと言うように目を見開いている。
「ラウザーさん。冒険者じゃないって言うのは本当かい?その格好にあの剣技、間違いなくBランク、いやAランクの冒険者だと思ったんだが。」
「えっと、はい。というより目が覚めたらこの森の中にいまして…自分がどこから来たのかもわからないんです。」
自分が異世界から転生してきたことを異世界人に話してはいけないと、神は言っていた。しかし、自分にはこの世界で暮らすための知識がない。
目が覚めたら森にいた。その前までの知識がない。もしも人に会ったらそう話そうと森を歩くなかでラウザーは決めていた。
「……天の迷い子か…。」
「迷い子?」
今度はレイラが反応する。
「ええ、冒険者の中で流れている噂です。ある日突然現れ、それ以前のことは何も覚えていない。しかし恐ろしく強い物たち。そういう物のことを私たちは天に使わされた迷いし者、天の迷い子と呼んでいるんです。」
カイルが説明してくれる。
「それにしてもあの剣技は見事でした。私もオーク将軍と1対1の経験はありますが、流石に無傷は……。」
カイルの言葉でラウザーは自分の戦い方を思い出していた。
ラウザーは今まで剣を握ったことなど一度もない。魔物にしたってあんな怖い存在に臆することなく戦えた自分が信じられなかった。
自分の両の手をまじまじと見る。先ほど感じた不思議な感覚を今は感じない。
カイルの剣を握った時自分の中に流れてきた感覚……あれは記憶だ。あの剣を今まで使ってきた強者たちの戦闘の記憶。その力を体に取り込んだから戦えたのだ。
「経験値…取得か。」
ラウザーは自分が神から与えられたスキル「経験値取得」を思い出していた。
あの剣から戦闘の記憶を引き出したあの能力が自分のスキルなのではないかと仮定した。
「ん?どうしたんだい?」
「いや、なんでもありません。それよりも皆さんはこれからタハルの街へ向かうんですよね?」
「ああ。と言ってもタハルの街はすぐそこだけどね。」
「実はずっと街を探して歩いていたんです。タハルの街まで同行しても構いませんか?」
ラウザーの問いにカイルは軽く仲間の顔を見回した。
「もちろん構わない。街の衛兵には私から事情を話そう。迷い子ということは街の通行証は持っていないだろうからね。」
街に入るのに通行証が必要なのか。とラウザーは思った。
いろいろ幸運に恵まれたが、この人たちに出会えてよかった。1人では街にたどり着くこともなく死んでいたかも知れない。
「ありがとうございます。助かります。」
「何度も言うが助かったのはこっちの方だ。気にしないでくれ。」
こうしてラウザーを加えた一行は、タハルの街へと歩き出す。