表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

異世界の大地

目が覚めると、そこは森だった。

木漏れ日に照らされながら、自分が硬い地面に仰向けで倒れていることを理解する。

すぐ横を川が流れており、水の音が心地いい。


起き上がろうと上体を起こすと、なんとも言えない浮遊感が襲った。

自分の体に触れてみる。

なるほど、先ほどまでの魂だった状態とは違い、きちんとした肉体がある。

この浮遊感は魂が肉体に定着したばかりなことと関係があるのだろうか。


確か、元の世界の容姿ではないと言っていたな。

確認したかったが鏡などもちろん持っておらず、近くに水面なども見当たらないためにひとまず諦めた。


自分が見慣れない服を着ていることに気づく。

革鎧、というのだろうか。茶色い革製のジャケットと下は黒く長いパンツに膝当て。これも革製だ。


極め付けはマントと呼ぶのかローブと呼ぶのかわからないが長めの布に全身を覆われていることだった。


なるほど、昔弟とやったゲームで主人公がこんなカッコをしていた。


「あ、あー。よし、声は出るな。」


新しい肉体、ということだし試しに発生してみる。

声に関してだけ言えば前世との違いはないように思う。


服のポケットに紙が入っていることに気づく。

取り出し広げてみると「ラウザー」と書かれていた。


「名前か。」


由来はなんなのだろうか。当然ならがいまだ聴き慣れないその名前に不安を覚える。

誰かに呼ばれたら反応できるだろうか。

慣れるまで時間がかかりそうだ。


「さて、どうしたものか。」


周りを見回しても木ばかり。そしてここは知らない土地、どころか知らない世界。

近くに人が住んでいるのかどうかすらわからない。


「教会を目指せ、か。とりあえず闇雲に歩いてみるか。」


ラウザーは森の中を当てもなく彷徨ってみることにする。


そういえば昔テレビで、「遭難した時はその場を離れないこと」みたいなことを言っていた気がするが、それは前世の迅速な救助あってのものだろうし、この謎に包まれたままの世界でただ待っていても、待つのは餓死のみだろう。


川を下っていけばきっと何かあるさ。


安楽的な考えとも取れるが今はそれしかない。

川の降る方へと歩みを進めた。


「そういえば魔物が出るんだったな。一応用心したほうがいいのか。」


神とやらの話を思い出す。最低限の防具のようなものは付けていたが、剣などの武器は持っていない。

持っていたとしても俺が戦えるとも思えないが。


前世は平和に人生を全うしたブラック企業の会社員だ。年齢はまだおじさんと言われるようなものではないが格闘技を習ったこともないし、喧嘩だって一度もしたことがない。


そんな人間が異世界に来たからと言って魔物と戦えるとは思えない。


そこまで考えて、改めて弟のことが心配になった。

神はスキルとやらを授けたから大丈夫だと言っていたが、どれだけ信用していいものか。


「そういえば俺にもスキルをくれたんだよな。『経験値取得』だったか。」


なんとなく自分の両手を見つめてみる。

今のところ何も変な感じはしない。


名前からして、人よりも多くの経験値が手に入る。とかだろうか。

経験値というからにはレベルの概念もあって、本当にゲームのような世界ということか。


前世の拙いゲーム知識の中からなんとなくの仮説を立ててみる。

そういえば弟は、ゲームだのアニメだのが好きだった。

アイツならこの世界もその知識でうまく切り抜けるのだろうか。


川沿いを歩きながら、喉が乾いたら川の水を飲む。

見た目的に綺麗な川だったし、一口飲んでしばらく待ってもなんともなかったのでその後はガブガブ飲んだ。


どれくらい歩いただろうか。

川は細くなったり太くなったりを続けながら、途切れることなく流れている。

森もまだまだ続くようで、視界は一向に開けない。


ーグウォオオオアアアアア


周りの景色にも飽きてきたな。と考えた時、進行方向よりもやや斜め右にそれたところから獣の唸り声のようなものが聞こえた。


その後、人の叫ぶ声や金属が撃ち合う音も聞こえて来る。


誰かが戦っている。


直感的にそう思った。

魔物と人の戦闘、なのだろうか。


少し恐怖を感じたが、この世界ではじめての人の声。

もしかすると街までの道を教えてもらえるかもしれないと思い、その音の方へと進むことにした。



魔物に見つからないようになるべく音を立てずに歩く。

幸いにも履いていた革製のブーツは土の上を音を出さずに歩くのに適しているようだ。


声と、魔物の唸りと、戦闘の音が近づいてくる。

慎重に草の陰に身を隠しながら様子を伺う。


まず目に入ったのは背中合わせに武器を構える3人の男達とその真ん中で怯えた表情を浮かべる1人の女性だった。

男たちはその女性を守ろうしているように見える。


そして、それを取り囲むように汚い薄緑色をした小人のようなものたちが奇声を発している。魔物の正体はこいつらのようだ。


男性たちが鉄製の長剣や斧、先端にトゲが無数についた棍棒のようなものを振り回しながら緑の小人を近づけないようにしている。


「ギャッギャ…。」


小人の1人が男たちに飛びかかると剣を持った男がそいつを斬り伏せる。


赤い血を吹き出しながら小人は倒れ、それに逆上した様子の他の小人たちも飛びかかっていくが、男たちはそれぞれの武器を用いて小人を倒していく。


「強いな。これが異世界の人間か。」


このまま男たちが楽勝で終わるのかと思えばそうもいかないようだ。

小人たちは倒しても倒しても後から湧いて出てくる。

重そうな棍棒を振り回している男に疲労の色が見える。額からも汗を垂らして苦しそうだ。


「クソ。ゴブリンどもが、次から次へと鬱陶しい!」


剣を持った男が悪態をつく。

そして振り返ることなく周りの男たちに言う。


「ザッパ、タタル、踏ん張れよ!ここを切り抜ければ街まですぐだ。必ずお嬢を送り届けるぞ!」


「「おおう!」」


2人の男達も気合を入れるための怒声をあげる。


しかし、キリのない小人……ゴブリンの攻撃に3人とも苦戦しているようだ。


「助けたいが、俺であの魔物に勝てるとは思えない。」


草の陰から見守るラウザーは自分にできることを考えるが、今のままではできることはないと悟る。

せめて、街の場所さえわかれば助けを呼びに行けるのに、と唇を噛む。


「グアッ!」


不意に呻き声が聞こえる。思案にふけり、落としていた視線を上にあげる。

剣を持っていた男が、腕から血を流していた。


そしてその目の前に、今まで見たゴブリンより、二回りほど大きい、同じような見た目の魔物が立っている。


「クッ…こんなところにゴブリン将軍(ジェネラル)だと?」


剣の男が呻くように言う。

さらに周りをゴブリンに囲まれ、絶体絶命といった感じだ。


ゴブリン将軍のが、持っていた大きな剣を振りかぶる。

男も剣を構えるが、振り下ろされた大剣により虚しく弾き飛ばされてしまう。

弾かれた剣がラウザーが隠れている茂みの前に刺さった。


ジリジリとゴブリンたちが4人を囲み包囲網を詰めていく。

剣を失った男を斧と棍棒を持った2人が庇おうとするが、その顔には明らかに焦りが浮かんでいる。


「1対1ならこんなやつに負けないのに……。」


剣の男が悔しそうに言う。ラウザーは男の表情を見つめる。そして、3人に守られている女性の怯え切った瞳が目に入る。

ラウザーは自分の目の前に刺さる剣を見た。


もし…俺があいつの注意を引ければ、あの武器を持った2人が反撃するチャンスくらいは作れるかもしれない。それが無理でも逃げる隙を作るくらいはできるんじゃないか。注意を引いたら、俺もすぐ逃げればいい。


見捨てない理由をラウザーは作った。困っている人を見捨てない良心をラウザーは持っている。しかし……


怖い。


ラウザーの心には確かな恐怖があった。初めての異世界。初めての魔物。鋭く尖る牙や爪、唸るような威嚇の声、生臭い血の匂い。平凡な日常を前世で過ごしてきたラウザーにとってそれは、恐怖を感じるのに十分だった。


「ガアアアア!!!」


ゴブリン将軍がその大きな大剣を再び振りかぶる。その瞬間、守られていた女性の目がラウザーの方を向いた……気がした。そして、確かにその口が動いた。


たすけて……と。


その瞬間、ラウザーは自分の意思で、大地を蹴っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ