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死と神


ああ、ここに飛び込んだらどれだけ楽だろう。

毎朝考えていた。

会社に向かうための通勤電車を待つホームに今日も俺は立っている。


ここに立ち、レールを走る巨大な鉄の箱が近づくたびに思うのだ。

こいつは安寧をくれるのではないかと。


実際に踏み込む勇気はない。

いや、踏み込もうとすると頭に浮かぶのだ。


俺を慕ってくれる弟の姿が。


18歳の時に両親を事故で亡くしてから、弟だけがたった1人の血の繋がった家族となった。

当時まだ中学生だった弟を養うため、進学の決まっていた大学を辞退して就職した。

そのことについてはなんの後悔もない。

むしろ、自分が弟を支えていかなければという責任感すらあった。


入った会社は曲がりなりにもホワイトとは呼べない、黒く染まったクソ会社だが、残業代が出ることは救いだった。

兄弟2人なんとか生活をできる環境。

満足はできないが幸せだった。


それでも、毎日思ってしまうのだ。


この電車に飛び込めばこの腐り切った世の中から開放されるのかと、そしてその度に弟の悲しむ顔が浮かんで踏みとどまってきた。


けれど今日は違う。


プァーーーーーーーーーー


近づいてくる電車を見つめながら、歩みを進める。

怖いとは思わなかった。


終わる。


終われる。


その思いだけが頭に響く。


飛び込むというより、倒れるように





俺はホームから落ちた。




ーーーーーーーーー



「やぁ、お目覚めかな。」

気がつくと、俺は白い部屋の中にいた。

声のする方を無気力に見る。

白い部屋の中に白い人がいる。


その人影は、背景にぼやけることなく、なぜか輪郭がはっきりとしている。

体だけでなく顔全体が白く、目や鼻もない。


それなのにそいつが笑っていることだけがわかった。


「地球での人生、よくがんばったね。」


頑張った?……ちゃんと終われたのだろうか。

俺は死ねたのか?


「君は死んだ。もちろん死んだよ。今まで何度も死のうとして、その度に死ななくて、辛かったね。でももう死んだんだ。これからはゆっくりするといいさ。」



白い奴は大袈裟に身振りを加えながら偉そうに喋る。

俺が知んだならばここはどこだ。天国か?


「そうだね。君たち人間の言葉を借りれば、ここは天国といってもいいかもしれない。そうすると僕は神かな?ハハハ。」


白いやつ、神は言う。

俺の心を読めるのか?


「心を読む……というのは少し違うけど、ここでは君は魂なんだよ。口がないから話すことはできない、でも意思は伝わる。」


よくわからないがなんでもいい、ここが死の世界ならばもうゆっくりしたい。

仕事も、生活も、

全てを忘れて休みたい。


「そうか、君は疲れたんだね。ゆっくり休むといいよ。ここは魂を浄化する場所だから。心を癒すといい。」


ふと、気になることがあった。

ここが天国だと言うなら、

死んだ人が来る世界だと言うなら、


俺の弟に会えないだろうか?

俺が死ぬ3ヶ月前に、交通事故で死んでしまった弟に。


「……あー、と。まぁそうなるよね。君は弟くんがいなくなったことで死ぬ決意ができたんだもんね。ハハハ、困ったな。」


神が急によそよそしくなる。

まるで何か隠しているみたいに。


「実はね。君の弟くんは死んでいないんだ。いや、まぁ正確には死んだけど生きている?」


何を言っているんだ。


「弟くんは確かに死んだ。君の世界ではね。でも彼の魂の輝きは凄まじく、そのまま浄化するには惜しい存在だった。だから頼んだのさ!もう一つの世界を救う勇者になってくれとね!」


もう一つの世界?勇者?

思考が追いつかなかった。

アニメやゲームじゃあるまいし、そんなことあるわけがない。


「死後の世界や、神の存在だって所詮は偶像さ。それでもこうして実在している。君の弟君が異世界召喚された勇者だって、なぜ信じられない?」


神の言う言葉はどこか嘘くさい。それでいて真実であるようにも思う。だが、とても胡散臭い。


どうでもいいんだ。それが事実かどうかは。

でも、もし本当ならば弟は生きていると言うことだ。


それならば、もう一度会いたい。と私は思うのだった。


「……つまり、君も異世界への道を望むんだね?」


異世界……か。

弟はそこで何をしているのだろうか。

勇者、には自分から望んでなったのだろうか。


突拍子のない話に私の頭は混乱する。


「まぁ向こうの世界に何人送っても問題はないし、一度自分の目で確かめるといいさ。君自身も、第二の人生を楽しむといい。」


神がそう言う。そして、


「今なら追加特典として、お決まりの『何か一つだけスキルを授ける』っていうのもやってあげよう。」


そんなことを言うのだった。


「と言っても、君を異世界に送ること自体がサービスのようなものだ。あまり強力なものは上げられない。」


神は大袈裟に首を振りながらそう言った。

スキルとやらに馴染みのない私は、ただただ話に置いていかれるだけだ。


「しかし、前世での君の苦労を考えると少しはいいものをあげたくなる。難しいな。」


しばらく考えるそぶりを見せた神は、不意に思いついた!という表情を浮かべる。

その顔が白く一色で塗りつぶされている以上、それは私の妄想でしかないのだが……。


「君にはこれをあげよう。『経験値取得』だ。』


神はどこから出したのか、その白い掌に白い玉を浮かべていた。


「これはまぁ、そんなに強力と言うわけではなくてね。でも、使えないってほどでもない。勇者に上げるには物足りなく、異世界人に配るにはもったいない。そんな使い所のわからないスキルさ。」


異世界人に配る。と言う言葉が気にかかった。

スキルというのが、その世界にある技のようなものだということは流石の私にもわかる。


弟の行った世界は、私のいた世界とは違ったファンタジーのような世界なのだろうか。


「そりゃあね、勇者が存在する世界だ。剣も魔法もなんでもござれ。魔物も魔族も存在する。君のいた世界でいうゲームやアニメのような光景が広がっているよ。」


神がまた俺の心を読む。

そんな世界に、平和な国日本で生まれ育った弟は言っているのか。大丈夫だろうか。


「言ったろ?勇者には強いスキルを授けている。その世界に降り立った時点で、その世界の誰よりも強くなってるよ。」


それを聞いて少し安心した。

遠い異世界で戦う弟のことを思い、早く会いたいと強く願う。


「……それじゃあ君を異世界に送ろう。申し訳ないが君を送る場所は僕には選べない。もしかすると人のいない土地になってしまうかもしれない。魔族の国ってことはないと思うけど。」


最後に神は不穏なことを言う。


「ついでに容姿も元の世界のものにはならない。その世界に合った姿が作られる。これは弟くんもそうだよ。今から行く異世界にアジア系の人間はいないからね。」


ちょっと待ってくれ、それはつまり弟も私の知っている姿ではないということか?

だとしたら、私があっても気づかないのではないか?


「その辺は君たち兄弟の絆を信じるほかないね。さぁ、もう時間だ。向こうの世界のことについて何も教えられてないけど、その辺はついたらどこかの街の教会を目指すといい。その世界の神が、君にいろいろ教えてくれるはずさ。」


もう一人別の世界の神がいるのか。


「正確には違うけど、そんな感じさ。……そうだ。もう一つ言い忘れていた。君が今まで使ってきた名前、新しい世界では使えなくなるんだ。」


名前が使えない?


「そう。申し訳ないけどね、異世界同士の関係を濃くなりすぎないようにするために新しい世界では新しい名前を使ってもらうことになっているんだ。嫌かい?」


嫌かどうかと言われればもちろん嫌だ。しかし、それが弟に会うためだというなら構わない。


「潔いね。新しい名前は僕が考えておいてあげよう。……さあ、本当にもう時間だ。これ以上いたら君の魂は浄化を始めてしまう。


神が手に持った玉を俺にすり寄せる。


「さてと、これは決まりだ。面倒臭くても言わなくては。」


一呼吸置いて神が続ける。


「これは契約である。異世界人よ。現世の情報を語ることなかれ。現世の知識をひけらかすことなかれ。己を信じ、道を極め、かの世界を救いたまえ。勇者よ!君に幸あらんことを!」


目の前に眩い光が溢れる。

視界が白く染まり、意識が遠のく。

薄れゆく景色の中で思った。



勇者ではない。勇者の兄だ!!

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