8 私を海に連れてって(1)
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♪ジリリリ〜ン ジリリリ〜ン…
スマートフォンの着信音で紀夫は目覚めた。スマートフォンのディスプレイを見ると八時七分。電話の着信相手は秀夫だった。寝ぼけているが、着信ボタンをスライドする事はできた。
「もしもし…」
『紀夫、おはようさん。』
「あ〜おはよう。」
紀夫はファア〜アとあくびをした。
『無事に着いたぞ。』
《そうか。親父達は昨日、車で福岡に向かったんだっけ》と紀夫は思い出した。昨夜の出来事が濃いかったので、記憶からすっかり抜け落ちていた。
「丸一日かけて、よくやるよな。大丈夫なのか?」
『大丈夫だ。途中のSAで仮眠したし、母さんと交代で運転しながらだったので、意外と余裕だったぞ。』
「声を聞いてたら分かるよ。」
『お前は声が死んでるぞ。』
「寝起きだからなぁ。」
『いや、それだけでは無いな。疲れてるな。』
そう、紀夫は疲れていた。昨日の楓と真里の鉢合わせ対応に。
昨日は結局、楓が晩ご飯を全て作った。お米も楓が研いだ。献立はカレーライスとサラダ。カレーだったので三人で食卓を囲んでも量が足りないという事は無かった。まだカレーは残っていて、鍋からタッパーに入れ替え今は冷蔵庫の中にある。平日の夜に食べろと楓は言った。
『母さんが心配しててな。昨日、ちゃんとメシ食ったのか?』
「食った。楓が来てくれたよ。」
『そうか。楓さんか…』
「真里も来た。」
『…お嬢様も来てたのか!』
「親父、なんで黙ってたんだ?」
『すまない。お嬢様がお前に直接話すと言われて、黙ってるように厳命されてたんだ。お前もサラリーマンなら分かるだろ?』
「悲しいところだな。」
『あははは…まぁ、その話は追々するよ。俺と母さんの寝室以外の部屋は自由に使っていいぞ。』
「どういう事だ?」
『いや、なんと言うか…もし同棲とかするのなら寝室が必要になるだろ?今ある家具とか移動させてもいいぞ。』
「あ〜、今の所はそんな事考えてない。」
『ま、今はまだ考えられないか。』
「そういう事。」
『紀夫。これからの事、しっかりと考えろよ。』
「わかってるよ。」
『なら、良い。ちゃんとメシだけは食えよ。』
「死なない程度には栄誉補給するように心がけるよ。」
『それじゃな。』
「母さんに宜しく。」
『あぁ。』
紀夫はスマートフォンを耳から離すと、通話終了ボタンをタップした。
スマートフォンをロック解除するとメッセージアプリに三件の未読マークがついていた。アプリを開くとメッセージの送り主は楓と真里からだった。真里からのメッセージは初である。
昨日、真里が帰り際に「そう言えば連絡先知りませんでしたね」と言いながらスマートフォンのアプリのQRコードを表示して、紀夫に差し出してきた。楓に怖い目で睨まれる中、紀夫は自分のスマートフォンで真里のQRコードを読み取り、真里が友達リストに追加された。
ちなみに真里は険しい表情の楓にもQRコードを差し出し、楓とも縁を結んだ。
楓のトークルームを開くとメッセージ着信は七時頃になっていた。
『トラブルが発生して急遽出勤します。残業になりそうだからご飯は適当にして。』
メッセージの後に、手を合わせて謝る何かのアニメの少女のスタンプが添えられていた。
続いて真里のトークルームを開いた。
『今日もお邪魔していいですか?』
着信時刻は八時十一分。紀夫が秀夫と電話している最中だった。
『今日は出かけるので断る』
とメッセージを送るとすぐに既読がついた。真里からすぐに返信が来る。
『どちらへ行かれるのですか?』
本当はどこに行く予定も無い。真里を避けるために牽制しただけなので答えに困った。
『海』
紀夫は適当に返した。海に行く気は更々無い。
『お一人でですか?』
『ああ、一人だ』
『ご一緒してはいけませんか?』
『断る』
『なぜですか?』
『バイクだから』
『どんなバイクですか?』
『大きなバイクだ。』
『二人乗りできますよね?』
『できる』
『では後ろに乗せて下さい』
『バイクに乗った事は?』
『ありません』
『では断る』
『どうして?』
『バイクというのは曲がる時に乗り手の重心移動が必要だ。タンデムの時は特に気を使う』
『要は紀夫さんの動きに合わせて私も重心移動すればいいのですね』
真里は賢い。紀夫が言わんとする事をすぐに理解できていた。
『簡単に言うが中々難しいぞ』
『大丈夫です』
『その自信に根拠はあるのか?』
『そんなもの有りませんよ?』
『なんだそれ』
真里のメッセージを読んで紀夫はプッと吹き出して笑った。
『とにかく私も連れてって下さい』
真里が引き下がる気が無い事を悟り、紀夫は返信した。
『わかったわかった』
『ありがとうございます』
『一つだけ注意しておく』
『なんでしょうか?』
『肌の露出する服は着ない事』
『スカートや半袖はダメって事ですね』
『そうだ』
『わかりました』
『待ち合わせはどうする?』
『紀夫さんの家まで行きます』
『何時くらいになる?』
『一時間あればそちらに行けますよ』
紀夫はスマートフォンの時間を確認した。八時半を少しまわったくらいだ。
『十時くらいに来てくれ』
『はい、では後ほど』
紀夫はトークルームを楓に切り変える。
『海を見に行ってくる』
とだけメッセージを入れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
紀夫はガレージに駐めてあるバイクにかぶせていた埃除けのカバーを外した。
ハーレー○ヴィッドソン 2002モデル
ダイナ FXDWG ワイドグライド
チョッパーハンドルが如何にもアメリカンバイクらしさを醸し出している。
これは紀夫が買ったバイクでは無い。祖父が買ったバイクである。その祖父も三年前に亡くなり、形見として紀夫が貰い受けた。
祖父が存命の時からこのバイクに乗リたくて、高校卒業と同時に教習所に通い、大型自動二輪運転免許を取った。
大学の頃は夏休みになる度、祖父に頼み込みバイクを借りて日本中を駆け巡った。
エンジンキーをキーシリンダーに差し込み捻る。イグニッションスイッチをオンにして三回アクセルスロットを回し、キャブレターに燃料を送り込む。
メーターのワーニングランプが消灯するのを確認して、セルスターターボタンを押した。
ヴロン…ドッドッドッ…
Vツインエンジンが奏でる独特のエキゾーストノートが鳴り響く。ライトやウィンカーを点灯させて整備不良が無いか確認していたところへ、背後から声をかけられた。
「おはようございます。」
紀夫が振り返ると真里が立っていた。
薄い桃色のカットソー。ライダーズジャケットに模した黒の革ジャン。下はスキニーデニムに白のデッキシューズという出で立ち。
白の小さめのリュックバッグを背負っていた。
紀夫はしばし見惚れてしまった。
「どうかされました?」
「いや、美人は何を着ても似合うなぁと。」
「何を言ってるんですか。紀夫さんからそんな事言われると照れてしまいます。」
真里は顔を赤く染めながらモジモジとした。
「それ、ライダーズジャケット?」
「違います。普通にショップで売られているなんちゃってジャケットです。」
真里は舌をペロッと出してエヘヘと笑った。
リアルテヘペロに筆者は感動したよ。うん…
紀夫よ。なぜ筆者をジト目で見る?
「そう言う紀夫さんの方こそ…カ、カッコいいですよ。」
紀夫の出で立ちは、ヘイ○ズの白Tにデニムジャンパー。下はリーヴァ○スにハッシュ○ピーの黒いショートブーツ。
レ○バンのティアドロップ型サングラスをかけていた。
「褒めても何も出ないぞ?」
「ケチくさいですね。」
真里は頬をプーと膨らませる。
「なにこれ、可愛いんだが」と紀夫は思った。
「お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「帰りは家まで送って貰えますか?」
「それは構わないが…」
「が?」
「ほら、なんだ。家まで送るとなると、送り届けた後は当然ご家族に…」
「あ〜。お爺様に挨拶ですね?」
「そう、それ。」
「大丈夫ですよ。お爺様は今日、何とかの会合で大阪に行っていていませんから。」
紀夫はホッとした。それを見て真里はニコリと笑った。
「送って貰えますね?」
「いいとも。」
真里は後ろを振り向いた。紀夫からは見えにくい位置に近藤が立っていた。
「帰りは紀夫さんに送って貰います。」
「承知しました。」
近藤は紀夫から見える位置まで移動してきて、一礼する。
「お嬢様の事、宜しくお願いします。」
そう言って車に乗り込み、走り去っていった。
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(`-ω-)y─ 〜oΟ