4 婚約者ですけど何か?
久保田秀夫と咲恵は車に荷物を運んでいた。粗方の衣類は昨日のうちに宅配便にて福岡の社宅宛てに送ったので、荷物といっても大した量は無い。
「親父。本当に車で福岡まで行くのか?」
「出社までまだ時間はある。向こうでは車が必須になるから乗って行くしかない。俺と母さんと交代で運転していくから問題無いさ。」
福岡まで車なら十五時間以上かかる。よくやるよと紀夫は思った。
「あなた、荷物はコレで全部よ。」
咲恵が積み込まれた荷物を最終確認して秀夫に言った。秀夫はリヤハッチをバンッと閉める。
北欧メーカー製のステーションワゴンは定評通りのカーゴ収納力を持っていた。プラスティックの衣装ケースを六個積んでも、まだ少し余裕がある。
紀夫は「この車どうしたのか?」と秀夫に尋ねてみた。
知り合いから支社長への昇進祝いにプレゼントされたと言っているが、一千万円近くもする車をお祝いでプレゼントする人っているのか?と紀夫は疑問に思った。いずれわかる事だと秀夫に言われ、それ以上は深く追求はしなかった。
秀夫が運転席に。咲恵が助手席に乗り込む。二人はシートベルトを締めた。
カーナビには既に目的地登録を済ませてある。エンジンをかけると、カーナビが起動した。
♪ポーン
『おはようございます。今日は五月十二日。土曜日。午前八時十三分です。』
♪ポーン
『目的地までの案内を開始します。目的地までおよそ十八時間かかります。』
♪ポーン
『ETCカードが挿入されていません。ETCカードを挿入して下さい。』
秀夫は慌ててETCカードをカードリーダーに挿入した。
♪ポーン
『ETCカードが挿入されました。』
よく喋るカーナビである。
紀夫は運転席側に立っている。秀夫は窓ガラスを下ろした。
「紀夫、家の事は頼んだぞ。」
咲恵が運転席に身を乗り出す様にして言った。
「ちゃんとご飯食べなさいよ。」
「わかってるって。」
ステーションワゴンは福岡を目指して走り出した。数百メートル先の十字路を右折して見えなくなるまで紀夫は見送った。
「さてと。少し寝るとするかな。」
紀夫は家に入るとリビングのローテーブルに置いていたスマートフォンを確認した。新着メッセージが一件ある。
アプリを開くと楓からだった。
『お昼と夜のご飯どうするの?』
紀夫は楓に今日、両親が福岡へ発つ事を伝えていた。それを受けてのメッセージであろう。
昼前に買い物へ出かけるつもりだったので、
『昼は外出先で食べる。夜はまだ決めてない』
と返信した。すぐに既読が付いた。
『晩ご飯作りに行くけど良い?』
『助かる』
『食材とかある?』
『わからん』
『ホントにポンコツね』
『ほっとけ』
『何が食べたい?』
『なんでも良い』
『なんでも良いが一番困るのよね』
『楓の好みでいいよ』
『わかった。献立に合わせて食材買って行きます』
『ヨロ』
『5時ごろ行くから家に居てよ』
『りょ』
スマートフォンをテーブルの上に置いて、ソファに横になる。紀夫はそのまま眠ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
紀夫は目を覚ますと壁掛け時計を見た。二時を少しまわっていた。
今から買い物に行くと、楓が来るまでに帰って来れない為、買い物は諦めた。
『腹減ったなぁ。』
この時間に遅い昼メシをガッツリ食べると、晩ご飯が食べられなくなる。そうなると楓に何を言われるか想像がつく。
ハンバーガーでいいか…と駅前にあるファーストフード店へ行く事にした。
ピエロの様な人形が入り口で出迎えてくれるファーストフード店に入り、ダブルチーズバーガーとフライドポテト、ジンジャーエールのセットを購入した。
応対してくれた店員の笑顔を見て、幼かった頃「スマイル0円」とか宣伝していたなぁと、どうでも良い事を紀夫は思い出していて、ケチャップを貰うのを忘た事に気がついた。紀夫はフライドポテトにケチャップをつけて食べる派だ。慌てて、
「ケチャップ下さい。」
と大きな声で言ったので店員は一瞬硬直したが、すぐにニコッと笑いながらケチャップをくれた。
「スマイル0円」+「ケチャップ0円」とダブルでお得な気がした。
十数分ほどで食べ終わると他にする事も無いので、紀夫はファーストフード店を出るとまっすぐ帰宅した。
フロントグリルにスリーポインテッド・スターがついた黒塗りのドイツ製高級セダン車が、家の前に停まっていた。
紀夫が近づくと運転席のドアが開いて、中年の男性が降り立った。男性が車を回り込んで運転席とは反対側の後部ドアを開くと、後部席から少女が降りてきた。
身長は160cmほど。
サラサラのセミロングの黒髪が風に戦ぐ。
二重のクリクリっとした目。スッと通った鼻筋。少しポッテリした唇。それらが黄金比に従い配置された顔を美人と言わずになんと呼べば良いか。
鶯色のニットワンピースに白いカシミアのカーディガン。ワンピースがタイト目な為、少女の均整の取れたボディラインが反映されている。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるのがわかる。スタイルも完璧だ。
左手にはシャ○ルの白いハンドバッグを持っている。
「近藤、ありがとう。帰りもお願い。」
少女がそう言うと近藤は後部ドアを閉めて運転席に乗り込み、車を発進させた。
「ええっと。佐々倉真里さんだっけ?」
「お久しぶりです。紀夫さん。貴方とお話がしたくて、来てしまいました。」
「なぜ俺の家を知ってるんだ?」
紀夫は空港で真里と少しだけ話をした。だが、住所、電話番号などは教えていない。見ず知らずの人に初見で教える情報ではない。
「それはひ・み・つ。」
真里は微笑みながら悪戯っぽく言った。
「できましたら、お家の中でお話をしたいのですが。」
「男一人住まいの家なんだけど?そんな所へ女性を招き入れるのは…」
「何も問題ありませんよ?私は紀夫さんのご両親も公認の婚約者なんですから。」
…
……
………
「へっ??」
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