17 佐々倉邸訪問
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土曜日がやってきた。真里の家に行く日だ。
真里の家は一度お邪魔しているが、その時は真里の家族に会っていない。今日はその家族…祖父母と会う事になっている。
祖父・佐々倉兼吉は国内屈指の大企業・佐々倉ホールディングスの会長である。紀夫が佐々倉ホールディングス本部の秘書室勤務となって一週間。エレベーターホールの前に秘書室があるので、役員達が気さくに顔を出してくるのだが、まだ兼吉の顔を見た事が無い。秘書室長の山岸香澄が言うには、昨日まで札幌・名古屋・博多と飛び回っていたようだ。会長付きの秘書の顔も知らない。
佐々倉邸訪問の約束の時間は午後一時となっている。「夕食もご一緒に」と真里から言われたが断った。あくまで真里に懇願された偽りの婚約者という役。紀夫としては、あまり深く佐々倉に関わるつもりが無いからだ。五時には家に帰り着きたいと紀夫は真里に言った。電話越しの真里の声は少し悲しそうだったので、紀夫は申し訳ない気もした。
晩飯は楓にお願いした。昼間は何をしてるの?と訊かれ、紀夫は真里の家に行く事を隠さずに伝えた。楓はプクッと膨れっ面になったが、今夜泊めてくれるなら機嫌を直すと交換条件を持ち出し、紀夫は渋々条件を飲んだ。
十二時に一台の高級車が久保田邸の前に停まった。若い運転手が車から降りて門扉にあるインターホンのボタンを押した。
♪ピンポーン
「はい。」
『久保田様。お迎えに参りました。』
「今出ます。」
紀夫が玄関を出た。濃紺のスリーピースのシングルスーツに水色のストライプ柄のネクタイという出で立ちであった。五月もあと十日程で終わる。気温も高くなってきたのでスリーピースは少々暑いが、紀夫が持っている中で一番高いスーツはこれしか無いので我慢する事にした。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
運転手が後部座席のドアを開けて招くので、紀夫は乗った。
運転手はドアを閉めると、運転席に乗り込み車を発進させた。
運転手は終始無言でハンドル操作していた。紀夫も特に会話する事が無いので、黙って窓の外を流れていく景色をぼんやりと見ていた。
紀夫の家から真里の家まで、高速道路を利用して約一時間かかる。午後一時前に車は佐々倉邸に着いた。
先日、真里を送って来た時は夜だったのでわからなかったが、昼間に訪れてみて家の大きさに驚いた。後で聞いたのだが敷地は約千坪。敷地の中央に二階建ての洋館がデンと建っている。裏手には車庫やら住み込みの使用人の為のアパートが建っていた。
車は門を抜けると玄関前の車寄せで停車した。車寄せで待っていた従者が車に近寄り、後部座席ドアを開ける。紀夫は車を降りた。
玄関ドアの前には真里が立っていた。白の半袖ニットに緑のプリーツスカート。セミロングの髪をバレッタで少しアップ目に留めている。薄く化粧をしているようで、ピンクのルージュが真里の可愛らしさを際立たせている。
顔の可愛らしさとは裏腹に、タイトなニットが真里の女としてのスタイルの良さを殊更強調していた。大きく開いたVネックにデコルテが露わになり、胸元はグランドキャニオン級の谷間がチラリと戦略兵器化していた。
「ごきげんよう。紀夫さん。」
「ごきげんよう」という挨拶は、現代日本で庶民一般で使われる事は少ない。紀夫は感嘆した。
「こんにちは。お邪魔するよ。」
「お待ちしてました。どうぞ、お入り下さい。」
従者がドアを開けると、真里は家の中に入っていく。紀夫も後に続いた。
「お爺様達がお待ちになってますが、その前に少し休まれますか?」
「気遣いありがとう。大丈夫だ。このまま会おう。」
「わかりました。」
真里は扉の前で止まるとノックをした。
コン コン コン
ガチャ
室内にいる執事の近藤が扉が開いた。
真里が部屋に入った。紀夫も続く。
応接室のソファに老人が座っていた。その隣に座っていた女性を見て、紀夫は「あっ」と小声を発した。座っていたのはトイレで出会った掃除婦だった。
「紀夫さん、紹介します。こちらが私の祖父、佐々倉兼吉です。隣に座っているのか祖母の貴美子です。」
真里が二人を紀夫に紹介した。紀夫が続いて挨拶した。
「久保田紀夫です。本日はお招きに預かり、ありがとうございます。」
「うむ。儂が兼吉じゃ。会社では中々会えんですまんかったの。」
「いえ、とんでもありません。恐縮です。」
「貴美子です。一昨日ぶりですね。紀夫さん。」
「先日は存じあげ無かったとは言え、ご無礼いたしました。」
「いいえ、気にしなくていいのよ。」
紀夫と貴美子の会話に真里は首を傾げた。
「二人とも掛けなさい。」
兼吉が座るよう促したので、紀夫と真里は向かいの三人掛けソファに並んで腰を下ろした。
真里が貴美子に問いかけた。
「お婆様は紀夫さんと既に面識がおありだったんですか?」
「ええ、そうよ。紀夫さんに口説かれたの。」
貴美子は悪戯っぽくウフフと笑う。真里は紀夫をキッと睨んだ。
「紀夫さんはハンサムだし、雰囲気から女たらしの匂いはしていましたけど…まさかお婆様まで口説いていたとは。」
「いや、別に口説いていたわけでは無い。」
「あらぁ、そうなの?私はてっきり口説かれてるものだと。罪作りな人ね。」
貴美子は二人を揶揄うのが楽しいらしく、グイグイと弄ってくる。兼吉はその有り様を黙って聞いていた。
紀夫は小声で真里に聞いた。
「貴美子さんって後妻さんか?」
「いいえ、私の実のお婆様ですよ。何故そう思われたのかしら?」
「いや、なに。見た感じ若いというか…」
「ああ、なるほど。お婆様は還暦をまわられてますよ。一昨年に赤いちゃんちゃんこをプレゼントしました。」
真里の言葉に紀夫は驚愕するしかなかった。どう見ても四十代にしか見えない。
「紀夫さん。女性を褒める時は本人に伝わる様にしましょうね。女は幾つになっても褒められたいものなんですよ。あと、真里。女性の年齢を本人の許可無しに口にしてはいけません。」
小声で喋っているのが貴美子には聞こえたらしい。真里にメッと叱った。
兼吉が口を開く。
「独身の男が女にモテる、女を口説くのは男の甲斐性じゃから、アレコレ言うつもりは無いが、貴美子だけはやめてくれんか?」
「あら、あなた。嫉妬ですか?嬉しいこと!」
貴美子がまんざらでも無い表情でデレた。兼吉はフンッと言わんばかりに顔を背けた。
この二人、六十を超えてるのにラブラブしてるなぁと紀夫は面食らった。
真里はブーっと膨れっ面だ。
「お爺様の発言は見過ごせません。」
「どうした?真里。」
「先ほどのご発言です。モテるとか口説くとか。紀夫さんは私の婚約者です。お爺様は私に苦労させたいのですか?」
「それは、アレじゃな。真里が正妻力を磨くしかないの。紀夫君を女が放っておくとは思えんからな。」
アハハと兼吉が高笑いした。真里はますますブーっと膨れっ面になる。紀夫は苦笑いするしかなかった。
コンコンコンコン
扉のノック音の後、給仕のメイドが入ってきた。
「お茶をお持ちしました。」
メイドがカップソーサーとティーカップを四人の前に置いていく。ウェッジウッドブルーで描かれた花柄が美しい。
続いてティーポットから紅茶が注がれる。アールグレイの良い香りがホワッと広がった。
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