13 好機逸すべからず
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「でっかいビルだなぁ。」
紀夫は目の前のビルを見て呟いた。出勤してくる社員達がエントランスへと吸い込まれていく。一体何人の人がこのビルの中で働いているのだろうか。
紀夫も人込みに紛れる様にしてエントランスへと入っていった。
エントランスホールに設けられた受付には十人の女性が座っていた。今は就業時間前のはずで、この人達は何時から働いてるのだろうか、もしかして佐々倉はブラック?と疑問に思いつつ、受付に行って一人の女性に声をかけた。
「おはようございます。本日よりこちらにお世話になります久保田と言います。」
そう言って紀夫は一通の書類を彼女に手渡した。
「おはようございます。久保田様ですね。少々お待ち下さい。」
女性は書類に目を通すと、内線電話の受話器を取り電話をかけた。
「受け付けの白井です。久保田様がこちらにいらっしゃってます。はい…はい…承知しました。」
電話を切ると紀夫に言った。
「人事部の太田が来ますので、彼方のシートにお掛けになってお待ち下さい。」
と言って書類を紀夫に返却した。紀夫は書類を受け取ると示されたシートに座り、太田が現れるのを待った。
一分も待たずに太田が現れた。
「お待たせしました。人事部の太田と言います。久保田紀夫さんですね。」
「久保田です。宜しくお願いします。」
「早速ですが軽く入社説明をしますので、ついて来て下さい。」
そう言うと踵を返し、元来た方へと戻っていく。紀夫は後に従った。
「あ、これお渡しします。」
太田は名刺大のプラスティック製カードと首からぶら下げられるストラップホルダーを紀夫に渡した。
「久保田さんの社員証になります。中にICチップが入っていて、出退勤管理やセキュリティなどにも使います。」
そう言ってエレベーターホールの前に設置された、駅にある自動改札機の様な機械に太田は自分の社員証をタッチして通過する。紀夫も大田に倣い社員証をタッチして機械を通過した。
エレベーターホールは出勤して来た人でごった返していた。しばらくしてエレベーターの扉が開き、十人くらいが降りた。入れ替わりに待っていた人がドッと乗り込む。紀夫と太田も乗り込み、太田が四階のボタンを押した。
「今から一時間、私の方から社内の仕組みなどをレクチャーします。その後、配属先での勤務開始となります。」
太田が簡単にスケジュールを説明し終えるとゴンドラが四階に着いた。エレベーターを降りて『第六会議室』と表札のあるドアの前に来た。ドアノブの横にあるカードリーダーに太田が社員証をかざすとピッと鳴り、ガチャと鍵の音がした。二人は中に入った。会議テーブルを挟んで向き合う様に着座する。
「こちらに社則や各種手続きについての案内が入っています。」
太田が持っていたバインダーファイルを紀夫に渡した。
「これが久保田さんの辞令書になります。」
辞令書には総務部秘書室配属となっていた。肩書きは室長付とある。
「久保田さんは管理職待遇となります。こちらが年俸通知書となります。」
紀夫は封印された通知書を開けて確認した。年俸九百五十万円と書かれていた。前の給与のおよそ二倍である。
「秘書室は特別な部署でして、役員と帯同する事が多いです。それなりの身嗜みが必要となりますので、経費分の増額と思ってもらえれば宜しいかと。」
要は良いスーツを着てこいという事である。紀夫は溜息を吐いた。
その後は社員食堂や社内診療所など福利厚生の利用方法などを説明された。
「説明にご質問が無いようなので、秘書室にご案内します。」
紀夫は太田に続いて会議室を出た。エレベーターで三十二階まで上がる。
「ここは役員フロアになります。総務部は五階にあるのですが、秘書室だけはこのフロアになります。」
エレベーターホールの前に『秘書室』と書かれた部屋があった。壁が一面ガラス張りで中からエレベーターの人の出入りが分かる様になっていた。部屋の中には机が二十脚ほどあるが、座っているのは数人程度だった。
「失礼します。」
太田が中に入り、紀夫が続く。一番奥の席に座っている女性の前まで部屋の中を進んだ。見た目はアラサーといった感じの女性が太田と紀夫を見た。
「山岸室長、久保田室長付をお連れしました。」
「太田さん、ありがとう。後は私が引き継ぎます。」
「宜しくお願いします。久保田室長付、分からない事がありましたら気兼ねなく質問しにきて下さい。」
そう言って太田は出て行った。
「私は秘書室室長の山岸香澄と言います。宜しくお願いします。」
「久保田紀夫です。ご指導、ご鞭撻の程、宜しくお願いします。」
「貴方に私の補佐として働いてもらいます。当面としては役員会議で使用する資料作成をお願いします。」
「わかりました。」
「報告によると貴方の作るプレゼン資料は的を射て分かりやすいと聞いています。期待していますよ。」
「どのような噂をお聞きになっているのかは存じませんが、ご希望にお応えできるよう努めてまいります。」
紀夫が頭を下げた。
「と、堅苦しい挨拶はここまで。この室はザックバランがモットーなの。だから余り畏らないで。」
「助かります。さっきの調子だと夕方には胃に穴が開きそうで。」
アハハハと香澄は笑った。
「胃に穴を開けるのはまだまだ先よ。」
「え?本当に開くんですか?」
「うーん。どうかしらねぇ。」
「冗談ですよね?」
「その時になれば分かるわ。」
香澄は紀夫に顔に近づいて小声で言った。
「お嬢様と久保田君の事は極秘事項になってるから。社内でも知ってるのはごく限られた人数なので気をつけなさい。」
それだけ言うと香澄は顔を離した。紀夫はゲンナリした。
「今は殆どが役員に付いて会議とかに出てるの。貴方の紹介は全員が揃う昼休み後にするわ。とりあえず席に着いてパソコンの設定とか総務に出す書面とか作ってて。貴方の席はそこね。」
香澄が指したのは、香澄の目の前の席だった。紀夫は指定された机に鞄を置く。
「洋子ちゃん、久保田君のアシ頼むわよ。」
「わかりました。」
紀夫の席の隣りに座っていた女性が立ち上がった。
栗色に染められた髪はフワッと軽くパーマがかかっている。目はクリクリと大きく、鼻、口共に顔の輪郭とのバランスも良い。背は少し低めでボディラインはグラマラスだ。グレーのスーツの胸とお尻が少々きつそうである。
「木島洋子と言います。宜しくお願いします。分からない事が有ればなんでも聞いて下さい。」
「久保田紀夫です。宜しくご指導下さい。」
「久保田室長付ってヘッドハントされて来たんですか?」
「出向で来ました。それと肩書きは抜きでいいよ。後、口調も堅苦しいのは抜きで。」
「じゃあ久保田君と呼びます。出向って事は期限あるよね。いつまで?」
「一応、一年間。」
『一年かぁ…短いな。短期決戦か…』
「木島さん、どうかした?」
「いいえ、何も?久保田君は年いくつ?」
「二十五だけど。」
「あ、一つ上か。久保田さんと呼ぶ方が良かったかな。」
『いきなり紀夫さんは不味いよね…』
洋子はブツブツと独り言を呟いた。
「どっちでも構わないよ。年齢も気にしないで良い。それより、頼み事があるけど良いかな。」
「な、何かしら?」
「パソコンの設定ってわかる?」
「メールの設定とかならわかるけど。」
「今から設定するから教えてくれないかな。」
「ええ、良いわよ。」
洋子は自分の椅子を紀夫の横まで移動して、紀夫と一緒に液晶モニターを眺めた。
『まずは地道にコミュニケーションからっと…』
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