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12 転職は突然に

「…ええ、出社してます…はい、今から伺います。」


 電話を切った佐藤が紀夫に声をかけた。


「久保田君。」

「はい。」


 紀夫はパソコンで出張費の精算をしていた手を止め、佐藤の机の前に来た。


「なんでしょうか?課長。」

「今、何をしてた?」

「旅費精算していた所です。」

「では問題ないな。ついて来てくれ。」


 そう言うと佐藤は立ち上がり、さっさと部屋を出てエレベーターに向かって行く。紀夫はその後をついて行った。

 エレベーターホールに来るとタイミングよくエレベーターのドアが開いたので乗り込む。佐藤は十三階のボタンを押した。ドアが閉まりゴンドラが上昇を始める。チーンとベル音がしてゴンドラが止まった。ドアが開いたのでエレベーターを降りる。そこは役員専用のフロアであった。

 エレベーターホールに受付があり女性社員が一人座っていた。女性社員は立ち上がると一礼して、廊下の奥へどうぞと右手で案内するジェスチャーをした。

 紀夫と佐藤は会釈を返して廊下の奥へと進む。

 佐藤は『会長室』と表札のあるドアの前で立ち止まった。紀夫も佐藤の後ろに控える。佐藤がノックをした。


♪コンコンコンコン


「入って頂戴。」


「連れて参りました。」

「失礼します。」


 ドアを開けて中に入る。奥にある重厚な机に老女が座っていた。机の脇に紀夫の所属部署の部長である河合と、もう一人初老の男が立っていた。佐藤は河合の横に立った。河合に手招きされ、紀夫は机の前に立たされた。椅子に座っていた老女が立ち上がる。


「久保田君、突然呼び出してごめんなさいね。」


 四葉商事会長、四葉美也子が紀夫に話しかけた。

 美也子の声は艶やかだった。細身の体に赤のスーツがビシッと着こなされている。キャリアウーマンのお手本の様な着こなしだ。


「単刀直入に言うわ。貴方に出向してもらいたいの。」


 会長直々に平社員の人事発令など異例である。紀夫は緊張した。


「青川課長、お願い。」


 美也子が初老の男性に言った。


「人事課の青川です。久保田さんに次の辞令を交付します。」


 青川は辞令書を読み上げる。


「久保田紀夫殿。五月十五日付けにて次の業務を命ずる。一つ、職責を主幹とする。一つ、総務部人事課預かりとする。一つ、佐々倉ホールディングス本部への出向を命じる。以上。」


 『やられたなぁ』と紀夫は天井を仰ぎ見た。


「という事なの。本当に突然でごめんなさいね。」

「いえ、予想はできた事なので驚きはしません。」

「業績の良い貴方を持っていかれるのは、ウチとしては痛手なんだけどね。」


 美也子は両肩をすぼめて、やれやれという感じで言った。


「出向期間はいつまででしょうか?」


 紀夫が訪ねた。


「佐々倉とは一年間の約束だけど…貴方次第では片道切符になるわね。」


 美也子の言い方に、紀夫は溜息を吐きたくなった。


「引き継ぎなど詳しい事は佐藤課長から聞いてね。」


 美也子は椅子にドスっと座った。


「では、これで人事発令を終わります。」


 青川の発言で全員が一礼して退室する。最後に紀夫が退室しようとした時、美也子が声をかけた。


「どうやってあのオテンバちゃんを捕まえたのかしら。興味があるから機会があったら教えてね。」


 そう言って紀夫にウィンクした。


「失礼します。」


 とだけ言って紀夫はドアを閉めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、紀夫は忙しかった。抱えていた仕事の先輩や後輩達への引き継ぎ。紀夫が出張中に佐藤が手配していたらしく引き継ぎはすんなりと終わった。

 得意先への電話での挨拶。よくしてくれる得意先からは惜しまれた。直に挨拶が必要な取引先には佐藤が対応してくれるという事で、お任せすることにした。

 私物を宅配便で自宅に送る手続きを完了した時には、四時半をまわっていた。


 書類も全て片付け終わり、紀夫の机はガラーンと何も無い状態になっている。紀夫が一抹の寂しさを感じていると、スマートフォンのバイブが震えた。

 スマートフォンを確認すると楓からのメッセージだった。


『今日は定時で上がれそう?』

『間違いなく定時で帰れる』


 既読がついた。


『言い回しが変ね?』

『事実を述べただけだ』

『何かあったの?』


 紀夫は少し考えた。出向の件はメッセージで伝える事では無いなと判断した。


『色々と。何か用事か?』

『晩ご飯食べに行かない?』

『いいよ。行こう』

『六時にいつもの場所でいいかしら』

『問題ない』

『じゃ後でね』


 スマートフォンをロックして上着の内ポケットに入れた。


「久保田君、こっちに。」


 佐藤が立ち上がると机の前にまわり、紀夫を呼んだ。紀夫は佐藤の横に並んだ。


「皆んな聞いてくれ。」


 佐藤の声に部屋にいた全員がその場に起立した。


「皆んな知っていると思うが、明日付けで久保田君が出向する事になった。」


 知らなかったのは俺だけか!と紀夫は思った。


「久保田君、挨拶。」


 佐藤に促され紀夫は挨拶した。


「久保田です。入社してこの部署に配属され二年と少し。色々と勉強させて頂きありがとうございました。出向先でも、ここでの経験を生かして頑張る所存です。皆様の繁栄を祈念してご挨拶といたします。」


 紀夫が頭を下げると全員から拍手が送られた。


「以上だ。仕事に戻ってくれ。」


 ガタガタと椅子に座り仕事へ戻っていく。佐藤が紀夫に話しかけた。


「やる事は全て終わったか?」

「はい、終わりました。」

「それじゃ上がっていいぞ。」

「では上がらせてもらいます。」

「ああ、向こうでも頑張れよ。」

「ありがとうございます。ではお先に失礼します。」

「お疲れさん。」


 紀夫は鞄を持つと出入り口で最後の挨拶をした。


「お世話になりました。」


 あちらこちらから「結婚式呼べよ!」と声が上がった。

 どんな情報が流れてるのだか…




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「ふーん、佐々倉本部へ出向ねぇ。」


 楓はパスタをフォークにクルクルと巻いていた。


「紀夫、本当に私と別れる気なの?」

「いや。今は考えてない。」

「今は?いつかは別れるって事?」

「ちょっと待て。俺の言い方がまずかった。謝る。」

「じゃあ、何よ?今はって?」

「この二、三日、色々とありすぎて、何も考えられないだけだ。」

「落ち着いたら考えるのね?」

「だから〜違うって言ってるだろ。」

「本当に?」

「何をナーバスになってるんだよ。」

「だってそうじゃない。色々と紀夫の周り、外堀が埋められてるもの。」


 紀夫は楓にどう答えれば良いか戸惑った。確かに今の状況は佐々倉のペースで進められている。真里が直接関わっていない様子なので、尚更タチが悪い。


「決めた!明日から毎日、通い妻する。」

「なんだよ、通い妻って。」

「毎日、晩ご飯作りに行くわ。」

「どうして?」

「紀夫の胃袋を掴むのよ。」

「なぜそうなる?」

「幸にして、真里さんは料理ができない。私としては唯一、彼女に対抗出来る分野だから。」

「それって屁の突っ張りにならない気もする…」

「何か言った?」

「いえ、何もございません…」

「とにかく明日から行くから。」


 そう言って楓はフォークを置くと、右手を差し出した。


「なに?この手は。」

「合鍵。」

「はっ?」

「合鍵ちょうだい。紀夫が帰り遅くても、先に家に入ってご飯の準備できるでしょ。」

「断る!」

「なんでよ?」

「色々と事情がある。」

「エロ本とかBDとかあっても大丈夫よ。捨てておくから。」

「それは困る!」

「あるのを認めるのね。」

「そりゃ健康な独身男だしな。」

「いずれ不要になるけどね。」

「どういう意味だ?」

「覚悟しなさいって事。合鍵、早よ!」


 真里に劣らず、楓も押しの強い女である。紀夫は鞄から合鍵を出して渋々と楓に渡した。


 合鍵を受け取った楓の顔が闇に染まる。


『覚悟しなさい、紀夫。このまま一気に押し掛け女房に収まるわよ!』

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(`-ω-)y─ 〜oΟ

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