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11 私を海に連れてって(4)

 真里はデッキシューズと靴下を脱ぐとデニムの裾を膝まで捲り上げ、波打ち際まで歩いて行った。


ザザザザ〜〜


 寄せる波が真里の足を濡らす。


「冷た〜い!」


 引く波が足の周りの砂をえぐる。


「くすぐった〜い!」


 バシャバシャと波と戯れる真里を眺めながら、紀夫は砂の上に腰を下ろした。

 デニムジャンパーの右胸ポケットからラッキーストライクとダンヒルのガスライターを取り出した。ハードボックスから一本取り出して口に咥え火を点ける。フーッと吐いた煙は風にたなびき、海の彼方へと消えていった。


 左胸ポケットからスマートフォンを出すとメッセージアプリを確認する。楓からメッセージが入っていた。


『お昼は何を食べたの?』

『生シラス丼』


 と返信すると既読がつく。


『一人だけずるいなぁ』

『真里も一緒だ』


 楓に嘘をつきたくないので、真里が一緒にいる事を返信した。

 炎をバックに目に炎を灯し中指を立てて怒っているウサギのスタンプが楓から送られてきた。その後は何もメッセージが来ないので紀夫はスマートフォンをロックし、ポケットに戻した。


「紀夫さん、煙草吸うんですね。」


 真里が紀夫の左横に座り込む。濡れた足は砂塗れになっていた。


「たまに吸いたくなる。」

「どういう時に?」

「リラックスしてる時かな?」

「今リラックスしてるんですね?」

「そういう事になるな。」

「私といて緊張とかしませんか?」

「全くしないな。」


 真里は何かを納得する様にウンウンと一人でうなづいてる。


「私は紀夫さんといると緊張します。」

「嘘つけ!」

「ホントです。」

「緊張してる女は乳を押し付けるのか?」


 紀夫はポケットから携帯灰皿を出すと、ポンポンと煙草の灰を落とした。


「そうですよ?いけませんか?」

「いけなくは無い。むしろ大いに歓迎だ。」

「さすがオッパイ星人ですね。」


 ケラケラと真里は笑った。


「紀夫さん。私ね…」

「どうした?」

「凄く嬉しいんです。」

「何が?」

「私に近づく人は、私を"佐々倉真里"として接してきます。私の後ろの"佐々倉"しか見ていません。」


 紀夫は煙草を吸い込み、フーッと煙を吐く。視線は水平線の彼方を見つめていた。


「でもね。紀夫さんは違います。紀夫さんは私を"真里"というひとりの女として扱ってくれてます。」

「俺から近づいた訳では無いしな。"面倒くさい"女として扱ってるだけだぞ?」

「それ、酷くないですか?」


 真里は右手拳で紀夫の左腕をボカボカと殴った。紀夫は真里に視線を移した。


「それに俺だって"佐々倉"を見てるかもしれない。」

「それは無いですね。」

「なぜ言い切れる?」

「私が惚れた(ひと)だから。」

「出会ってまだ日も浅いのに?」

「一目惚れって言葉をご存知ありませんか?」

「キスしたから惚れるって意味だったかな?」

「グフッ…紀夫さんはイヂワルです…」


 真里は紀夫の顔を覗き込みながら言った。つぶらな瞳で見つめるのは反則技と言える。

 紀夫は煙草を携帯灰皿に入れると揉み消して灰皿を右胸ポケットに入れた。そして左手で真里の頭を撫でた。

 真里は体を捻ると両手を紀夫の体に巻き付けて抱きつき、胸に顔を埋めた。


「煙草の匂いがします。」

「臭くないか?」

「これも紀夫さんの匂いです。」


 真里は右耳を紀夫の胸に押し当てる。心臓の鼓動がトクントクンと聞こえる。

 紀夫は真里の頭を撫で続けていた。真里の顔はトロンと蕩けた。


「四番目のお願い事ってなんだ?」


 紀夫が思い出したように真里に尋ねた。


「一つ残ってましたね。お願いというのは、お爺様に会って欲しいのです。」

「今日は大阪なんだろ?」

「今日ではありません。次の土曜日に会ってもらえませんか?」

「土曜日か…」

「何かご予定でも?」

「いや、特には無い。」

「では土曜日にお願いできますか?」

「ああ、いいよ。」

「良かった。」

「会うだけで良いのか?」

「いいえ。できれば口裏を合わせてもらえませんか?」

「?」

「お爺様には紀夫さんとの馴れ初めを説明する事になっています。一応、出会いはSNSという事にしています。」

「なんでまた、そんな設定に?」

「私のリアルな人間関係はお爺様も存じています。そこに紀夫さんがいきなり現れて婚約していると言っても信じてもらえません。」

「そう言われるとそうだな。」

「SNSでの繋がりに関してはお爺様も知りません。逆に知っていればSNS運営のモラルが問われる事になります。」


 いや、ハッキングという手段もあるにはあるのだがなぁ…と紀夫は思った。佐々倉という巨大組織がそこまでするかどうかは、紀夫の計り知るところでは無いが。


「紀夫さん、何かSNSはなされてますか?」

「フェイ○ブックならアカウントあるぞ。全然使ってないけど。」

「私もアカウント持ってます。今からフレンド登録して貰えませんか?」

「それは構わないが。」


 真里は紀夫から体を離すとスマートフォンをリュックバッグから取り出した。


「これが私のアカウントになります。検索してください。」


 アカウント名を紀夫に見せる。紀夫が真里のアカウントを検索すると「佐々倉真里」と出てきた。鍵垢になっていてコンテンツは見れない。

 紀夫は真里にフレンド申請を送り、真里が承諾した途端、真里のコンテンツがパッと表示された。

 学生服を着た真里が友人達と過ごす日常がそこには綴られていた。


「真里の学生服姿って、可愛いのな。」

「な…何を突然言い出すんですか!(急にそういう事をサラッと言うのは反則です)」

「おっ!この写真なんか特に可愛い。」


 友達と学校帰りに遊びに行ったスナップなのだろう。制服姿の真里が舌を出してソフトクリームをペロンと舐める写真があった。目が欲情的で誘っている雰囲気がある。


「紀夫さん?目が怖いですよ?可愛いモノを見てる目じゃないです。」

「あ、表現間違えた。この写真エロい。」

「紀夫さんのスケベ!」

「こんな顔してる真里が悪いんじゃね?」

「だからどんな顔ですか!」

「エロい顔。」

「私はエロくありません!」

「いや、十分にエロいだろ。背中に残ってるなぁ。感触が。」

「そ、それって私の事を女として見てくれてると思って良いんですか?」

「ああ、女として見てるぞ?」

「この写真、そそられますか?」

「それが男ってもんだろ。」

「ふふ…ふふふ…」


 真里の口角が少し上がっている。


「それなら許してあげます。」

「別に許してもらわないといけない事してない気がするが。」

「紀夫さんが初めての男なんですよ。」

「その誤解を生む言い方はよせ。」

「男性でフレンド許可したのは。」

「そうなのか?」

「そうですよ。後は学校の友達数人だけですから。ここは私の唯一のプライベート空間です。」


 真里が大企業のお嬢様である事に紀夫は同情した。プライベート空間がSNSとは…


「それにしても…」


 真里は紀夫のコンテンツを見ていた。


「なんですか?紀夫さんのコンテンツ、記事が一つも無い。」


 紀夫がSNSに興味が無いから仕方がない。大学生時代に誘われてアカウントを作ってみたが積極的に使う事無く今に至っている。


「紀夫さんのプライベートが分かるかなと期待したんですよ?」

「それは残念だったな。」

「ぶーーーー!」


 ハッと思いつき、真里は既に乾いた足の砂を払い落とした。靴下とデッキシューズを履くと立ち上がり、デニムの裾を伸ばす。


「紀夫さんのバイクに私が乗っている写真を撮っても良いですか?」

「それは別に構わないが。」

「じゃ、バイクの所へ戻りましょ!」


 真里は紀夫の手を引っ張って立ち上がらせた。

 堤防の脇に駐めたバイクの所へとやってくる。真里は自分のスマートフォンを紀夫に渡すとハーレーに跨り両手でVサインをした。


「紀夫さん、撮って下さい。」


 パシャッと一枚撮り、真里に見せる。


「もう少しバイクも写る様に撮って下さい。」


 やれやれと思いながらもう一度シャッターを切った。真里に確認をさせる。


「ムフフ…いい感じです。ありがとうございました。」


 紀夫は腕のタグホイヤーを見た。午後三時をまわっている。


「そろそろ帰るか。」

「え〜まだ早いですよ。」

「今はいいが、陽がかげると冷えてくる。バイクは風を受けるから体感温度は思ったより寒くなるからな。」

「わかりました…」

「よし、いい子だ。」

「また、海に連れて来てくれますか?」

「ああ、いいぞ。」

「約束ですよ?」

「約束だ。」


 真里は右手の小指を立てて紀夫を見せた。


「指切りして下さい。」

「信用ないのな。」

「信用してます。でも念のために…」


 真里が少し俯いたのを見て、紀夫は小指を真里の指に絡ませた。


「指切った!」


 真里がそう言って勢いよく小指を離す。


「晩ご飯はうちで食べて帰って下さいね。」

「良いのか?」

「はい。」

「それは助かる。」


 真里は家に電話をかけ、執事の近藤に晩ご飯を用意する様に言った。


「とは言ったものの…」

「紀夫さん、どうかしました?」

「俺、真里の家の場所知らないぞ?」

「言われてみれば、そうですね。」


 二人顔を見合わせて笑った。紀夫はスマートフォンのナビアプリを起動して、真里に住所を入力させる。

 スマートフォンをハンドルの固定具に取り付け、ナビをスタートさせた。


 二人はヘルメットをかぶり、ハーレーに乗車する。


「紀夫さん、くっついていい?」

「来る時もくっついていたと思うが?」

「聞いてみたかったんです!」


 真里が紀夫に腕を巻き付け、背中に抱きついた。

 紀夫は気にせずにエンジンをかける。


ブロン…ドッドッドッドッ…

「好きです。紀夫さん。」


 真里の呟きはエキゾーストノートにかき消された。


「何か言ったか?」

「いいえ、何も。」

「発車するぞ。」


 紀夫がアクセルを開けるとハーレーは低音を響かせながら走り出した。

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(`-ω-)y─ 〜oΟ

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