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第五話:ヴェッセルスカミッシュ、前

 操縦席のある部屋。それをブリッジと言う。

 ブリッジの前方左の席に座る。言われた通り、シートベルトをしながら見回す。

 右後方には、一段高く、ブリッジを見渡せる船長席がある。

 てっきり、もっと大きな、客船とまでは言わないまでも、定期船のようなものに乗るとばかり想像していた。考えていたものよりも小さい船だった。


 そのことも驚きだったが、ブリッジに通され、その中の席に座らされるとは思ってもみなかった。


「ナギさん、申し訳ありません。ヘルメットはもう大丈夫ですよ」


 シスカさんの声がした。後ろを振り向く。ヘルメットが邪魔でうまく見えない。慌てて脱いで渡すと、それを抱えたままシスカさんは右手の席に座った。彼女はヘルメットを、席の横の箱にねじ込む。ベルさんのヘルメットではなく、シスカさんのそれだということに、そこでようやく気づく。


「さて、シスカ君。準備はどのくらいで済みそうかね」


 いつの間にか船長席に座っていたサージ社長が言った。


 慌てて頭を下げようとしたが、サージ社長に手で制される。今は忙しいらしい。軽く頷いて引き下がる。


「ベルさんは乗り込んでいるところです。おじいちゃんの準備ができればいつでもいけます」


『こっちはいけるよ、サージ』


 前の席のモニターに少年の顔が映った。利発そうで、元気な男の子だ。


『やあ、君がナギくんだね。ぼくはスタンレー・レッドスター。どうぞよろしく!』


「よろしくおねがいします」


 少年の姿はブリッジのどこにもない。レッドスターはシスカさんのファミリーネームと同じだ。だが、それにおじいちゃんと少年という、どうにも符合しない単語がリンクしていることに、軽く混乱する。


『こっちの準備は整った。好きにしろ、サージ』


 こっちは声だけだ。ベルさんが割れた声で言う。サージ社長は頷くと、こちらに顔を向ける。


「私も大丈夫です、サージ社長」


 言われる前に応えた。

 サージ社長は満足そうに頷くと、前へ向き直る。


「では、ゆこう。大空へ。ナギ・アマヤマ君を加えて、アルテミスウィング号、出港!」







 ブリッジの壁面すべてに外が映し出された。


 船がドーム内を移動しているの。景色がゆっくり流れている。時折見える職員が、こちらに向かって手を振って見送ってくれていた。


 ただの壁だと思っていたものは、モニターに変化するものだった。これだけのものを揃えるにも金がかかるものだが、サージ社長がいるのなら納得だ。


『このまま会敵エリアまで行くね。姿勢そのまま。ベル』

『荷物の固定は終わってるぞ』

『到着は五分後』

「了解。五分前にチェック」


 シスカさんが報告した途端、正面のモニターの一枚の画像が変わった。外ではなく、何かのテレビ番組だ。やかましいBGMに乗って、画面に文字が暴れるように躍る。


『さぁ! 本日も急にやってまいりました! みなさんお待ちかね、ヴェッセル(船どもの)スカミッシュ(小競り合い)のお時間です! 本日のは対戦は、常連の――』


 一呼吸溜めるアナウンサー。そして大声で叫んだ。


『アルテミスウイング号 VS ゴールデンハインド号 だぁー!』


 何のことだかわからない。

 アルテミスウィング号という、今乗っている船の名前がある。何事かと、シスカさんを見た。

 目が合ったシスカさんは、ばつの悪そうな顔になった。目だけが先にそらされ、それに引っ張られるように、頭が前方へと向いてしまう。


「あのですね、えーっと……」


 言いあぐねているのか、もごもごとしはじめ、終いには言葉が続かなくなる。

 明らかに、まずい状況に巻き込まれている。それだけはわかった。ありがとう、シスカさん。


『では、ゴールデンハインド号船長、フェリックス・バタンデールさん! 一言どうぞ!』


 アナウンサーの一言で、モニターが切り替わる。正面には五十前後の男性が映し出される。背景に、乗組員であろう何人かの横からの姿が映り込んでいた。あちらの船内では、やかましい音楽が流れている。


『おい! サージ! 今日こそは沈めてやるから覚悟しろ!』


 今時でも、場末の演劇でも言わない台詞が飛び出て来た。それから何か聞き取れない言葉が、フェリックス何某の口から流れて出しては通り過ぎてゆく。ゴールデンハインド号の乗組員は慣れているようで、フェリックスのほうを見もしていない。ただただ、仕事に没頭している。


 フェリックスが最後まで何かを言い切る前に、モニターが切り替わった。アナウンサーがカメラを覗き込むようにしている。毛穴まで見えそうな勢いだ。


『続いて、アルテミスウィング号船長、サージ・イワンドーさん!』


 案の定、モニターに、アスコットタイとポケットチーフをした、上品な姿の老人が映った。銀髪一色のサージ社長だ。

 ファッションと背景を見れば疑いようもない。ここでの、この時間、つまりはライブ配信だ。


「この映像を見ている諸兄へ。我々の勝ちが揺るぎないことを知っているのなら、その懐を、昼食後のコーヒー代ほどには温めることをおすすめしよう」


 サージ社長が言い切ると、カメラから見えないところで、指で合図をする。するとモニターの画像が切り替わった。


 アナウンサーが落ち着いた口調に戻って説明しはじめる。


『戦闘受諾の交換条件で、受けた側は、勝利条件の提示します。

 サージ船長が勝利条件を提示。

 アルテミスウィング号の勝利条件は、【開始二分後以降の、戦闘エリア外への退避】です。

 オファーしたフェリックス船長はこれを受諾。

 ゴールデンハインド号の勝利条件は【退避までの時間内に、アルテミスウィング号の撃墜判定】

 と、なります』

 

 つまりは逃げ切れば勝ち。それまでに落とされたらおしまいというわけだ。


 画面が切り替わり、両船の名前がふたたび映し出される。うっすらと背景に、両者の船が描かれている。船長の顔写真が、お互いににらみ合っているように配置されていた。対戦ゲームのキャラクター選びのような、そんな映像。


 そして、その下に、跳ねるように数字が表された。


『これから開始までの間に、お手持ちの端末からベットしてくさだい。オッズはリアルタイムで変わっていきます!』


 目まぐるしく数字が上下する。

 初めて見る番組だが、おそらくこれは賭け事だ。そして、今、俺たちが乗っている船がその対象。それくらいはわかる。

 加えて、相手の船の船長は、沈めるという物騒なことを口にした。ゴールデンハインド号の勝利条件そのものだ。


 ゆっくりと、もう一度、責めるような目でシスカを見た。あからさまに視線をさけて顔を逸らされた。


 思わずため息が出た。

 正直、今すぐ降りたい。だが、もはや手遅れとばかりに、船は島の外側へと躍り出ている。今から、船から飛び出しても、スカイスーツだけでは島にたどり着けないだろう。

 諦めるしかない。

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