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第一話:準備

「ここなんだけどね、受けてみたらどうかしら」


 目の前に差し出された手紙と、一枚だけのペラペラのパンフレット。今の時代に、紙でこういったものを作るのは、よほどの酔狂な人間くらいなものだ。


「私の古い知り合いの会社なの。就職がうまくいってないって聞いて、そこの社長さんに話してみたの」


 やさしく語り掛けてくるのは、学生食堂のお姉さま方の一人、ミタさんだ。

 ミタさんは青年を見上げる。皺が刻まれている自らの両(こぶし)を、胸の前にしている。


「何がまずいのか、私のもさっぱりよ。元気出して」

「正直、心が折れそうです」


 青年はつらそうな顔で応じた。


「何社落ちたかもわからなくなってます。ホント、つらいですね、社会は、よくわからないです」

「君はこの食堂でのエースだもの。ちゃんとお仕事できる子よ。見る目がなかった連中なんて忘れていいの」

「いや、でも」


 励ますように、ミタさんは何度も頷いた。


「『諦めたら失敗。チャレンジし続ける限り、勝利は近づく』って、君がよく言ってたじゃないの」


 表情がなかった青年が、一瞬、笑顔を取り戻した。


「そう、ですか……ね」

「そうそう、そうよ」


 ミタさんがうんうんと、唸ってるように見える同意をしていると、他のお姉さま方が控え室へと入ってきた。


「ああ、言ってたヤツね。行ってきなよ、坊主」

「当たって砕けろだわ」

「砕けちゃだめよぉ」

「はいはい、坊主はそいつを受ける。今日はとりあえずお仕事!」


 きゃいのきゃいの言い始めて、お姉さま方はてきぱきと仕事を始める。

 青年は受け取った紙きれを、見もせず急いで自分のロッカーへ入れた。










 数日後――。

 プロメテス王国、第三島カタルパ。その南端に位置する港街セホ。


 近年、最新鋭の設備を整えた、筒状のドームの桟橋を何基も建造している、発展著しい港。しかし、街の歴史は古いため、それらとは別に、歴史的遺産として残されている古い港がいくつも点在しており、貴重な観光資源ともなっている。


 新しいほうの巨大ドームはいくつもあり、それぞれの用途によって使い分けられている。

 観光船や定期船など、一般の人々が使う船が停泊するドーム。軍艦や警備艇などが停泊するドーム。輸送船や護衛を担う武装船が、上げ下ろしした荷を物流倉庫へと、すぐに運べるように特別に整備されているドームなど様々だ。


 他の大きな島――大陸などへ行く場合において、セホは中継地に選ばれることが多い。いわゆるハブ港と呼ばれる場所で、交通と物流の拠点になっている。当然、セホに集まる人々の数はとても多い。ただ通り過ぎるだけであっても、人やモノが集まれば、商機がある。やがて市場がたち、宿ができ、飲食店ができていった。そうやって昔から発展してきたセホは、今では知らぬ人がいないほどの都市へと成長している。



 そのセホのドームの一つ。それも一番端にある物流専門の桟橋に向かう青年の姿があった。


 年齢は二十歳を超えたくらいか。濃紺のリクルートスーツに身を包み、やや色白の左手には、旅行カートの把手が握られている。黒い髪は短髪で小奇麗にまとめられ、いかにもこれから就職面接へ行くといった様子だった。

 彼は右手に持ったポータブルデータ端末を一瞥してから、ドームの一角へと向かっていった。


 一般人が立ち入れないエリアへ到着する。いくつもの通路を抜け、いくつかのエレベータに乗り、かなりの距離と時間を費やした。

 やはり物流拠点の中心地なので、多くの働く人たちが忙しそうに行き交っている。彼らを避けながら、カートを引きずって歩いてゆく。


 だが、慣れない革靴のせいもあって、思ったよりも疲れが溜まる。

 青年は一休みがてら、再び端末を覗き込む。彼が持っているのは手に乗るほどの、誰でも持っているサイズの端末だ。やや型が古いが、普段使いの機能としてはギリギリ及第点の代物。裏側に「NAGI8」と書かれたステッカーが貼ってある。


 その画面を慣れた手つきで二度三度叩いた。地図と、場所への行き方の説明などの丁寧な案内文が、やや遅れて映し出されてゆく。


『……二十階、Dエリアにあるタミ食堂にてお待ちしております。持ち物は……』


 柱の案内板にあるDの文字を見上げ、端末の持ち主の青年――ナギはため息をついた。


「やっと着いたのか。にしても、大企業の面接が桟橋の末の食堂ってどういうことなんだろう」


 自分は騙されているのではないか、そう思ったが、すぐに頭を振って否定する。

 社会的信用のある一流企業がそんな詐欺、ましてや手違いなどありえない。


 今回の就職活動は、ナギにとってはいつもと少々違う。


 就職試験に片っ端から失敗し落ち込んでいた彼に、バイト先のお姉さま方が紹介してくれた。


 あまり期待はしていなかった。

 だが、そこは意外にも、知らないものはいないほどの、名の通った社長がいる会社だった。


 断りの文言の代表的な字句をもじった、いわゆる『お祈りメール』のコレクターとなっていたナギは、一も二もなく飛びついた。


 降って湧いたチャンスを棒には振れない。応援してくれた彼女らの信頼を裏切るわけにはいかない。ナギは気合を入れて今日という日に臨んでいる。


 だが、本当のことなのだろうかと、今でも心の端では疑っている。


「疑ってかかってどうする。今流行りの、一風変わった面接なのだろう。最終面接は本社ビル、というのはもはや時代遅れなのかもしれないじゃないか」


 ナギは独り言を、自分に言い聞かせるようにこぼした。


 ビルの窓ガラスを利用して、身なりをチェックする。ネクタイを締めなおし、口臭をチェックした。


 気を取り直して、タミ食堂とやらを目指し、革靴を鳴らし、颯爽と歩いてゆく。


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