プロローグ
船の縁から飛び降りた。
飛ぶといっても力を入れたものではない。
身体を預けるように、前方へ投げ出しただけ。
視界に広がった青空。それはすぐさま下に流れ、代わりに水平線が世界を二つに分かつ。
先ほどまでいた船は、遥か足の下。すぐに小さくなり、やがて見えなくなった。
身体を少し動かし、足を下ろす。腹を下にして、落下速度を抑える。
腹に圧迫感がある。風圧ではない。
必死にしがみつく小さな力が、加わったのだ。
ほんの数日前までは、こんなことになるとは思いもしなかった。
挫折を味わい、必死で勉強し、大学を卒業した。安定した職業について、平均的な暮らしをする。そのうち気に入った女性と結婚し、家庭を持つ。やがて子供が生まれる。共働きしながらもなんとか育てていく。やがて子供たちは独立する。その後、束の間の夫婦の生活を満喫した後、ほどなくしてから、妻に看取られながらこの世に別れを告げる。そんな漠然とした、夢とも違うだろうが、人生に対する希望があった。
だが、そんな希望も遠い日の夢のようだ。
今を見てみるといい。
平凡とはほど遠く、平和とは対極に、この身は置かれている。
物理法則に従った自由落下は、遊びでもなんでもない。上から追いかけて来ているのは、軍の高速艦。
浮石の維持時間もたかが知れてる。下には島は一切なく、海の濃紺一色。
ささやかな幸せイメージは雲の彼方だ。
つまり――俺、ナギ・アマヤマの命はもうすぐなくなる。